[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
65.
俺は、バラの花びらを味わいたい気持ちをぐっと抑え、牧野の手をとった。
エレベーターホールまでいくと、ちょうど総二郎・司・類たちとばったり出くわした。
「おっ、牧野、スッゲー女っぽいじゃん!」
「またからかってるんでしょ? 西門さん!」
「お前、今日くらい素直に受け止めろよな!」
「急には無理! でも、一応、あ・ありがと・・・ね。」
総二郎が冗談で言っていると思い込んでいる牧野は、照れ隠しか視線をはずして返事した。
エレベーターの中に乗り込んだ俺たちの前に背を向けて立つ牧野。
この密室は上部鏡張りで、明かりは蛍光灯が装飾的に使われている。
明かりの下、牧野の透き通るように白い背中は、絹のようにきめ細かくなめらかに輝いている。
触れると吸い付いてしまうかのようにしっとりとした弾力を感じさせ、誰もが触れたくなるだろう。
真っ赤なドレスの紐が大きくあいた背中の上でクロスしてなんとも官能的だ。
色白の牧野によく似合うと思って選んだ赤だが、想像を超えていた。
アップされて現れたそのか細いうなじには、ダイヤのネックレスが輝きを添え、うぶ毛の輪郭が光を放ち、
めまいがしそうなくらい女を感じさせるから、否応なしに俺の下半身が疼き出す。
横にいるあいつらも全員牧野の後姿に目が釘付けになって言葉を失っている。
総二郎は、生つばを飲み込んでいる。
類は、夢見るようなまなざしだが、ずっと熱い感情を抱いているのが伝わってくる。
司は、苦しそうな表情すら浮かべている。
俺は、左手をゆっくり動かした。
視線の集まる牧野の美しい背中へと・・・。
泡立てた石鹸のように滑らかな肌の上で、やさしく撫でて遊んでみる。
そして、あいつらにチラリと視線を送った。
総二郎と司が同時に「チェッ・・・」と舌を鳴らして、類は視線を逸らした。
こいつだけは、何があっても譲れない物だから容赦は無しだぜ。
これくらいの牽制は、新郎の挨拶だろう?
披露宴の場所は、ホテルの中のレストラン。
レストランといっても、フランス最古のホテルだけあって、かつてピカソとオルガの結婚披露宴にも使われた歴史ある場所であり、
その装飾は美術館並みに素晴らしい。
大理石の壁の間にはめられた大きなアンティーク調ウィンドウ。
青空と天使を描いた天井のフレスコ画に感嘆すれば、同じく天井からぶら下がる見事なシャンデリアに目を奪われる。
披露宴といっても、スピーチやキャンドルサービスといったものは一切なく、式に参列して下さった方を招いた会食のようにざっくばらんにしたかった。
道明寺が、乾杯の音頭をかってでてくれた。
「本日は、あきら君・つくしさん・並びに両家の皆様、まことにおめでとうございます。」
道明寺が、まさか私の結婚式で挨拶をしてくれるなんて想像もしていなかった・・・。
「・・・・というわけで、新郎のあきら君にはどれだけお世話になったかわかりません。
そんなあきら君には、ここに居る誰もかないません。
あきら君は太陽のような伴侶を得て、宇宙一幸せ者です。
つくしさんも、きっと幸せになれる・・・。
俺は、二人の門出を心から祝福します。
では、乾杯したいと思います。グラスをご用意ください・・・。」
心から祝福しますと言ってくれた道明寺。
若かったあの頃の恋愛をどうやって消化したのかわからない。
けれども、大人の挨拶をする道明寺がやけに男らしく頼もしく見えた。
太陽が昇っては沈む世界に住む限り、良くも悪くも変化のない生き物はありえない。
道明寺のことを思い、涙したことが消えるわけではなく、形をかえ記憶として心の引き出しに大切にしまっている。
そんな私を、引き出しもろとも全身全霊で愛してくれる美作さん。
私も、そんな彼を慈愛の心で愛したい。
それは、私の愛し方だってちゃんと成長したってことだと思う。
愛し愛される自信なんて薄っぺらな人生だと生まれるものではない。
たくさんの心の引き出しを持ってこそ、しなやかに豊かな愛を知ることが出来るのだと思う。
だから、昔愛した男の成長を喜び幸せを願って止まないし、それが最高に昇華した形だと信じている。
そして、食事のコースも終盤を迎えた頃、亜門とハルがアコースティックギターを取り出して、なんと私の自作曲ばかりをメドレーにして奏でてくれた。
ライブやコンサートで歌った時の様子や曲を書いたときの想いが、走馬灯のように蘇り、感動して涙がポロポロこぼれた。
亜門とハルの演奏が上手だからか、自作の曲ながら、名曲に聞こえる。
誰もが、静かに耳を傾けている。
流れる音が心にしみる。
音楽ってやっぱりいいな・・・好き。
瞬時にして気持ちをどこへでも運んでくれるし、その時々で感じ方も変わるんだ。
見慣れたはずの亜門とハルの弦を押さえる指先が見とれるほどきれいで、
私は魔法をかけられたお客さん。
馴染んだメロディーは、すっかり彼らの音色に生まれかわって、嬉しくもありちょっぴり寂しく感じた。
こんなに上手く演奏してもらえたら、作者冥利に尽きるよ・・・。
涙を流す私に、美作さんがそっとハンカチを手渡してくれた。
つづく
コメント