[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
66. venezia
私達の新婚旅行もここが最終地点。
イタリア南部シチリア島から色んな観光地をめぐってきたけれど、ここは全くの別世界。
迷路のように細い石畳の道、みっちりと隙間なく並んだ派手な洋館と素の建物の混在、ここにはどことなく海の香りを含んだ湿った空気がのっかっている。
水の都:ヴェネチア - 侵略から守るために築かれた稀に見る湿地要塞。
自動車は乗り入れ禁止だから、愛車マセラッティをローマ広場においてきた。
乗り物は、いきなり水上タクシーと水上バスになる。
「つくし、おいで!」
小さな桟橋に横付けされた水上タクシーから、あきらに先導されてヨロヨロ降りた。
「何、ここ?」
「ここが、今晩の宿。」
「え?」
新婚旅行中だからでもないけど、今まであきらが連れて行ってくれたホテルはどれもすばらしく立派だったのに、ここは何もかもがうっすら汚れている感じがする。
細くて暗い石畳の道を、ボーイさんが台車をコロコロ押して前を歩く。
なんだかテーマパークのアトラクションみたいでドキドキするから、あきらの手をぎゅっと握って付いて行った。
驚いたのは、チェックイン後、通された私達の部屋。
広くて清潔で洗練されていてとっても豪華、外と中があまりに違うのだ。
「あきら、ちょっとびっくりしない?中はすごく素敵な部屋なんだね。」
「一応、ここも五つ星クラスだからな。 ヴェネツィアは土地が無いからしょうがないんだ。でも、飯は最高だから楽しみにしておけよ!」
「あっ、そうだ、ここヴェネツィアでしょ?ガラス製品のお土産買わなきゃ。」
「欲しいの?」
「う~ん、別にそういうわけでは無いんだけど、せっかくだし・・・。」
「クスッ、また出たな。 つくしの“せっかくだし・・・”。」
「だって、新婚旅行だから思い出に残るものが欲しいじゃない。」
「はいはい、OK。」
ニコリと微笑むあきらは、結局、なんでも最後は折れてくれる。
ベッドの上では、あんなに・・・なのに・・・/////////。
それから、思い出したように、カフェに行こうと私を誘う。
狭い道をくねくね通って、大きな広場をズンズン横切って、広場に置いてある空いたテーブルを見つけるとようやく振り返ってここだと目線で告げた。
「あきら、ここ、すごい観光客だよ。どうして?」
「このカフェは世界最古のカフェらしいぞ。これも、旅行の思い出になるだろ?」
椅子の背もたれにどっかり背中をつけて、首をかしげて言うあきらは、やっぱり日本人離れしてチャーミングだ。
ウェーブがかった髪の毛は、ワックスで固めて太い首の横で遊ぶようにはねている。
額に落ちた前髪はセクシーに揺れていて、男の色気ってこういうものなんだな・・・と呆けてしまいそうになる。
どこへ行っても、ちらちら女の子の視線を感じていたけど、これじゃ見られるのも無理ないよ。
見ようによっちゃ、フェロモンばりばりのイタリアンジゴロみたいだもの。
もしかして、仕事先でもすごく誘われるのかな?
「あ、そうなんだ・・あ・ありがとう・・・////。」
「何、飲みたい?」
「じゃあ、オレンジジュースを。」
「ジュース?」
「あとで、食後においしいエスプレッソが飲めるでしょ?胃を休めてあげようと思って・・・。無いの?」
「いや、何でもあるはずだけど・・・。」
流暢なイタリア語で注文する姿も絵になっていて、こんな古いカフェより目の前のあなたの姿が焼き付いちゃうよ。
俺は、観光スポットを押さえるとつくしが喜ぶのが嬉しくて、観光名所の記憶を引っ張り出した。
ここサン・マルコ広場は、全世界から観光客が集まり、やはり凄い人の数だ。
このカフェ・フローリアンは有名だから、もっとはしゃぐかと思ったのに、案外大人しくしている上、胃を休めようとしている新妻つくし。
「つくし、疲れた?」
「ううん。平気だよ・・・。」
「つらかったら、すぐ言えよ。」
「うん!」
そういって、俺の大好きな笑顔を見せるつくしが愛しい。
本当は、腕の中に閉じ込めて、ベッドの上で朝から晩まで独り占めしていたい。
こんな人ごみなんて来たくはないんだ。
ほら、言ってるうちにミニバンドがつくしの横にやって来たぞ。
「うわ~、こんな側まで来て弾いてくれるの?」
つくしがニコリと微笑むから、バンドの親父がつくしにぺたりとくっついて、満面の笑顔で演奏を続ける。
演奏が終ると、つくしの手をとり、図々しく手の甲にキスをしやがった。
ちぇっ!散ってくれ!
「ねえ、キスされちゃったよ・・・うふっ。なんか楽しい気分になるよね。」
楽しそうな笑顔が可愛いから、我慢だ俺!たかが、営業野朗の商売だ。
「あの人たち、いろんな人を幸せにしてあげるお仕事していて、やりがいあるだろうなぁ。ねえ、そう思わない?」
「え?あぁ・・・、そうかもな。」
「でも、どこからお金もらっているんだろう?まさか、ボランティアじゃないでしょ?」
「ふぅー、世の中つくしみたいに人の良い奴ばっかじゃないからな。 ちゃんと、このテーブルの勘定書にチャージされるの。大人二人だから、2000円ってところだろう。」
「うそっ、頼んでもいないのに?勝手に?」
「そういうこと。わかった?手、洗ってくる?店の中にあるよ。」
店の入り口を指差してやった。
「・・・・なんだか、あきら、怖い。」
まったく、こういうところは鈍感なままかよ。
「もしかして、妬いてくれてる?」
下から見上げるように聞いてくるつくしの顔を見ていられずに、そっぽを向く俺。
「うふっ、嬉しいよ・・・あきら、妬いてくれてありがとう。
このお店、すごくいい思い出になったかも。
本当に、来てよかった・・・。」
そういって、とろけるような笑顔を見せてくれるから、やっぱりここに連れて来て良かったと思った。
そのあと、細い路地にぎっしりとお店がある通りを歩いた。
夕食に連れて行ってもらったお店は、人気店らしく観光客でいっぱいで、どれもこれもとってもおいしかった。
「な?言った通り、おいしいだろ?」
何もかもが満たされているという感覚。
お料理だけじゃない、この会話も、このお店の匂いも、人の声も全部がおいしい。
あきらと一緒に過ごす時間は、心が満たされて、テーブルの上を虫が横切っても楽しくて心躍る。
おいしいイタリアンワインが身も心も火照らせた。
「つくし、もういい?じゃあ、行こう。」
そして、連れて行ってくれたところは、サンマルコ寺院の階段をのぼったテラスだった。
日中座っていたカフェは、あの喧騒と熱気が嘘のように静かに息を潜めている。
あれだけ人が居た広場には、今は人影がまばらで、また明日のために微風がそよそよ吹いている。
アドリア海を見ると、小さな明かりがいくつも海面を照らし、ゆらゆら揺れる小舟と対岸に立つ教会の影がうっすら見えて幻想的な美しさだった。
ヴェネツィアの複雑な歴史が創り出した悠久の美を目の前に感動で胸がいっぱいになった。
「 きれい・・・。」
気付いたら、涙が頬を濡らしていた。
ただでさえ幸せでいっぱいの私の胸に、この圧倒される美しい景色と頬をやさしく掠める海風が入り込んできたから、涙腺がゆるんでしまったみたい。
「 つくし・・・?」
あきらが、ふわりと背中越しに私を包んだ。
大好きな香り・・・。
優しいあきらの腕の中にいると、このまま永遠に時が止まってしまえばいいのにとさえ願ってしまう。
「あきら、私、すごく幸せ・・・。」
あきらに背を向けたまま、思いを声にのせた。
「これからじゃないのかよ、幸せになるのは。」
「うん、そうなんだけど・・・。
今まで生きてきた中で、こんなに幸せって実感したことなかったから。」
「つくし・・・。こっち向いて。」
あきらの腕の中でくるりと体を動かし、顔を上げて濃茶の瞳を見つめた。
アドリア海を映したように、美しくゆらめく光を宿した瞳に見つめられた。
「二人で幸せになろうな。」
胸がいっぱいで言葉にならない。
コクリと頷くと、あきらは強く私を抱きしめて、大きなため息をついた。
「俺・・・、幸せに溺れそう。」
なんだか、あきらが溺れるなんて、おかしくて笑ってしまった。
「なんだよ、おかしい?」
「うん、ちょっとね・・・。」
「つくし、笑わない・・・」
そう言って、その唇で私の唇を塞いだ。
舌は私の舌と深く絡まり吸い合って、待っていたかのように心地よい感覚が体を駆け巡る。
体の芯がとろりと蕩けて行く。
『あきら・・・、早く一つになりたい』
唇を離したあきらが、頷いたように見えたのは気のせいかもわからない。
けれども、あきらは私の手を取って歩き出した。
あきらの手はとても暖かくて、この手さえ握っていれば本当に幸せだと思えた。
他に何も要らない。
何も見えない。
二人で過ごす夜は始まったばかりで、誰も邪魔する人はいない。
アドリア海は、幾度愛する男女の囁きを飲み込んできたのだろう。
埠頭に立つ守護神聖マルコ像は、私達の後姿もそっと見送ってくれた。
つづく
コメント