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63.
ずっと憧れていたシャトーがパリから約50分のところにある。
遠くから見るとまるで湖上に浮かんでいるように見えて、その気品ある佇まいは永遠に女心をくすぐる。
“ 小ベルサイユ ”と呼ばれる愛称をもつシャトーの名は、シャンティイ城。
ウェディングドレスを着る場所は花嫁の嗜好を第一優先するべきだと美作さんがチャーター便を出してみんなをここまで連れてきてくれた。
この歴史的礼拝堂で式を挙げれるのは、花沢類の口利きがあったらしい。
私は今、緊張気味のパパと一緒に一枚の扉の前に立っている。
閉じられた扉は重厚感があって、扉がどんな音を立てて開くのか。
そして、扉の向こうに待っている世界はどんなだろうかとベールの中は次から次へと考え事で暇が無い。
目を閉じて今まで歩いてきた道を振り返ると、曲がり道・でこぼこ道・のぼり道といろいろあった。
深くて暗い谷底では、立ち上がるのにどれだけの時間を要したっけ。
でもここまで一本の道が紛れもなくスーッと続いていることが、奇跡のようで胸がいっぱいになる。
どの道を進めばいいのか、また、進むべきなのかありったけの頭をつかって選択しながら歩んできた。
どれもがこの場所につながる意味を持ち、これから先を歩む道も、決めた自身の責任なのだとこの大きな扉は語っているように見える。
かつて、この場所に立ち、人生の伴侶の元へ歩いていった多くのフランス王侯貴族婦人たちに、どれだけ真実の愛に恵まれた女性がいたのだろうか。
私は幸せ者・・・。
胸を張って、世界で一番愛する大切な人の元へ向かっていける。
今、静かに扉が開かれる・・・。
フラワーガールを希望していた芽夢ちゃんと絵夢ちゃんには、花びらの代わりに長いベールのトレインの端をそれぞれ持ってもらう。
厳かでひんやりした空気が肺に流れ込んだ。
私をまっすぐ見つめる焦茶の瞳に吸い込まれるように、一歩づつ前へ進んでいく。
大きな2枚のステンドグラスと祭壇の十字架が礼拝堂の風格を無言で語っていて、一歩踏み出すごとに木版に刻まれていくような妙な感覚。
白い式服に身を包んだ美作さんが、この中世貴族の絵の中にあまりにもぴったりはまっていて、脚がすく・・・む・・?あれ?
なんだか歩きくいと思ったら、パパの脚と手が一緒に出ていて安物のロボットみたいになっているよ。
ヤダ、パパ、緊張しすぎだよ!
イタリアへ単身おもむき、この日のために一人暮らしに辛抱を重ねてきた。
重々しい扉が開いて、父親の腕にその細い腕を巻きつけながら、俺の元に歩いてくる世界一愛しい女とこれから神の前で永遠の愛を誓う。
儀式とはいえ、なんと歩みがのろいのか・・・。
早くここまで来い!
礼拝堂のバージンロードがこんなに長いと誰も教えてくれなかった。
でもお義父さん、お願いですから転ばないでここまで牧野を連れて来て下さい。
今にも転びそうなお義父さんに小声でなにやら話してる牧野達二人は、おもしろいけど危なっかしくて、俺の脚が動きそうになる。
列席者の中にも、今にも飛び出しそうなやつがウジャウジャいそうな気配。
なんとかようやく1m前まで近づいて歩みを止めた二人。
場内から安堵の声が聞こえてきた。
俺は、お義父さんの潤んだ瞳に向かって深々とお辞儀をし、視線を移す。
ベールで隔てられていても、その輝くような笑顔は俺の核に飛び込んで、健やかな明かりを隅々まで灯し始める。
俺の顔は、多分微笑みすぎて緩んでる。
ようやくやって来たな・・・。
左肘をあげると、牧野の腕がサッと父親から離れてスルリと俺の腕へと回された。
何もなかった俺の左腕にかかる牧野の細い腕の重さと温かさが嬉しくて、天にも舞い上がりそうな気持ちとはこういうことだろう。
二人して一段高い祭壇に上がると、フランス人神父が笑顔で迎えてくれた。
ステンドグラスから差し込む光に照らされた牧野の横顔に目を見張る。
女らしい額につづく鼻梁とバラの蕾のような唇につづく細い顎、それらが一連の曲線を描き、厳粛なる礼拝堂の中において一際気高く静謐の美しさをたたえている。
おれは、その美しさに目を奪われ、神父が声をかけるまで食い入るように見入ってしまった。
牧野は俺に純潔を捧げていて、もう既に女になっている。
はっきり言って、何度もやっている。
けれども、内面から湧き出る清々しい透明感と匂い立つような乙女のフェロモンを惜しげもなく放ち、
勝ち誇るかのように真っ白いドレスに身を包む姿は処女受胎のマリアの光臨なのか・・・。
俺は、牧野の前では完全な敗北者になる。
敗北者としてでも側にいさせてもらえるなら、それが俺の幸せなのだ。
神父の掛け声で向かい合い、ベールをあげる。
うつむく牧野の睫毛の影が消えたかと思うと、ひまわりが咲いたような笑顔を見せて俺を潤んだ瞳で見上げてくれる。
このまま強く抱きしめたい衝動を精一杯押しとどめた。
『 牧野、ちょっとそれ反則 』
指輪交換の後、ようやく牧野の唇に触れることを神から許され、牧野の腰を抱き寄せ何度も角度を変え、熱い接吻をした。
口紅なんかあとから何とでもなる・・・。
神経質な俺らしくも無い行動に、旧友は苦笑いをしていることだろう。
式の後、絵に描いたように美しい城と湖をバックに全員で記念写真を撮った。
それから、なぜだかT3に続いて司・類・総二郎・和也まで牧野とにっこりツーショットの写真を撮ってもらって、全くあつかましい奴らだ。
でもあいつらのお陰でここに居るという感謝を忘れるまい。
不機嫌の代わりに新郎の余裕の顔を無理矢理はりつけた。
このとき、許したことが後々まで響くとは思いもよらなかったが・・・。
シャンティイ城での式を終えて、再びパリのル・ムーリスへ戻った。
夕暮れ時に、身内だけの披露宴をホテルのレストランで行うので、それまでにシャワーでもゆっくり浴びたかったのだけど、私たちの部屋に美咲ママと健一パパが居座ってしまった。
「つくしちゃん、すっごく素敵なお式だったわ~、ねえ、健一さん。
あんな素敵な古城での結婚式もいいものねえ。 とってもロマンチックで・・・。」
シャンティイ城がひどくお気に召した美咲ママの興奮した声に柔らかい笑顔で頷く健一パパ。
「つくしちゃんとあきらちゃんが並んでいると、絵の中に入ってしまったみたいで、感動しちゃったのよ~。
そうだわ、私たちの金婚式をあげたいわ~、う~ん、ちょっと先すぎるかしら。
銀婚式は過ぎちゃったから、その次は何だったかしら、 ねえ、あなた?
お城もゆっくり見てみたいわ。健一さん、明日、連れて行ってくださらない?
美術館もあるらしいし、あなたのお好きな競馬場もあるんですってよ。 」
「美咲ママに気に入ってもらえて、本当に嬉しいです。
私も、あんまり素敵なお城だったので夢のようでした。
私のわがままを聞いていただいて、なんて感謝したらいいのか・・・。」
「つくしちゃん、そんな他人行儀な事は言わなくていいんだよ。
もう、あきらのお嫁さんなんだから、私たちの娘だ。
それに、今日のつくしちゃんはあきらにはもったいないくらいきれいだったよ。
久しぶりに美しい花嫁が見れて嬉しい・・・。わっははは・・・。
それから、美咲、銀婚式の次は、真珠婚式だったね。」
健一パパはそういって、美作さんと同じ微笑を美咲ママに向けた。
つづく
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