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29.
俺は、類から聞かされたことがまだしっくり来ない。
類が牧野に振られただと?あとは、あきら次第だと?
とにかく、それは俺にもチャンスがあるということか。
こうなったら牧野との距離を縮めていこうと思う。
けれども、帰国後、留守中の国内業務が山積していて、牧野に会えないまま一週間が過ぎていった。
プロジェクトが順調にいけば、あと半年で終わる。
一応、軌道にも乗せた。
今日はこうしておふくろの庭で立ち止まり、月を眺める余裕もできた。
今夜の月は満月で美しい。
雲ひとつない空にぽっかり浮かび、黄色く輝く丸い月を見上げながら遠い日を思い出す。
ふと、カサカサッと音がした。
目をやると、頭の中に浮かんでいる奴と同じ人物が、うつむきながらこちらに歩いてくるのが見えた。
牧野はキャミソールに白い薄手のカーディガンをはおり、その白くか細い身体は月明かりにおぼろに照らされ、地上から浮いているかのように見える。
牧野の前方に小枝が飛び出ているのに、牧野はまるで気付かないようだ。
おい、危ないっ!避けろよ!
俺は走った。
とっさに左手で枝を払い、驚いてしゃがもうとする牧野の腕を強く右手でつかむ。
俺を下からじっと見上げてくる潤んだ瞳。
その黒目がちな大きな瞳の中に俺がしっかり映っていて、俺は固まってしまった。
大きく開いたキャミソールの下には胸の谷間。
月の明かりで白く輝き、美しく誘うようなふくらみ。
つかんだ腕の折れそうで柔らかい感触。
俺は、脳天がぶちぎれんばかりに体中の血流がめまぐるしく流れるのを感じた。
それは、今まで塞き止めていたものがなくなり、竜虎のごとく強く暴れだした瞬間だった。
私は、考え事をしながら庭を散歩していた。
ずっと気になる、美作さんのこと。
気になる分だけ、身勝手な自分の思いを突き詰めて考え込んでいる。
美作さんは多忙でいつ家に帰ってきているのかわからない。
ちょうど、キレイな満月が夜道を照らし、美しい夜だ。
庭でも散歩してれば会えるかもと淡い期待を胸に夜風にあたろうと思った。
懐かしい香りが鼻を掠める。
あっ、この香り、植物系のフローラルの香り。
最後にウッディに変わっていくこの甘い香りは・・・。
何かにぶつかりそうになり反射的にしゃがむと、気付けば強い力に腕をつかまれていた。
そっと、目の前の黒い影を見上げる。
この一週間、ちらついていた仔犬のような瞳だ。
暗がりの中、私を見据えて離さない瞳。
ウェーブのかかった髪の毛、がっしりとした肩幅、背が高くて手も足も長い人。
甘くセクシーなこの香り。
逆光の中でも、この黒い影の主が側にいるだけで、安心させる人。
私、美作さんのことが好き。
好きだったんだ・・・。
気付いてしまったこの瞬間。
黒い影から戸惑いがちに掠れた声がもれる。
「・・・・・・ま、きの・・・・・。」
そして、その手は私を強く抱きしめ、甘い香りの中に閉じ込めた。
私も彼の背中にゆっくり手を回す。
初めて知った胸板の厚さと彼の体温。
「美作さん、・・・好き・・・。」
それは、満月の不思議な力がもたらした迷い言のように、唇からこぼれた思いがけないセリフ。
私が生まれてから一番素直にこぼした言葉だったと思う。
美作さんは、私の体をゆっくり離し、確認するように私を見つめていた。
「まきの、それは本当か?」
小さく頷くと、美作さんは再び私を抱き寄せ、耳元でささやいた。
「俺は、ずっと前から好きだった・・・。」
大きな手は月明かりの下で、私をなかなか離そうとしなかった。
つづく
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