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32.
クルーザーの中は、ベージューの長くて大きい皮製ソファーがあって、
机には立派なフラワーアレンジメントがメッセージカードと一緒に置かれていた。
“素晴らしきかな人生は・・・VON VOYAGE !”
そのカードを手に取り眺めていると、今まであったつらくて悲しいことも、今日のために必然な出来事だったのではないかと目から鱗がストンと落ちるように納得した。
窓の外は、どこまでも続く海原だ。
海図のない道を美作さんと進む。
何の不安も感じない安らかな時間。
側に美作さんがいてくれると思うだけで、何もかも安心できる私。
ううん、どんな荒波も乗り越えれそうな気分だ。
「牧野!この辺で少し停泊して、乾杯しよう!」
「うん!!」
嬉しい気持ちをわかって欲しくて、心からの笑顔を美作さんに向ける。
美作さんは蕩けたように見つめ返して、「これからは、この笑顔、俺だけのね。」と頬に軽いキスをする。
「/////////ちょっと、あ・あたし、あまりキスとか慣れてないから・・・・・・//////」
「あっ、ごめん、ごめん。」
引っ込みながら、美作さんのあわてる様子が可愛かった。
周りには、一隻たりとも他の船が見当たらず、変装せずにのびのび出来て助かった。
まさか、海を貸切りなんてことはないだろうけど、このシチュを選んでくれてた気遣いは美作さんらしい。
美作さんが冷えたシャンパンをシャンパンフルートにいれて、持ってきてくれた。
「ハイ、シャンパンで乾杯しよう。」
スマートにグラスを渡す動きは、役者も真っ青なくらいキマッていて、過去の女の人に嫉妬してしまう。
「じゃあ、牧野と俺の船出に乾杯!」
美作さんは視線は私に固定したまま、グラスのシャンパンに口をつける。
焦茶色の瞳は、とても大人っぽくて男っぽくて吸い込まれそうだ。
あー、私ったらどうしちゃったんだろう・・・。
ドキドキしっぱなしで、美作さんのペースにやられてばかり。
自分の体勢を立て直そうと、デッキの端の手すりまで移動した。
そして、冷たいシャンパンを口に流し込んだ。
フワリ
後ろから両手を回してくる美作さんに抱きしめられた。
『ひえ~っ?ちょっと、まって!!』
心の叫びは美作さんに届いてない。
心臓が耳の横にあるんじゃないかというくらい、こんなに鼓動の音がするのに美作さんには聞こえてないのだろうか。
「うん?どうした?」
真っ赤な顔して固まっている私に気付いた美作さん。
「あ・あの・・・、もう心臓がドキドキうるさくて・・・。」
俯きながら小さな声で答えた。
「え?あっ、ごめん。」
首を傾けながら、私から離れて美作さんが続ける。
「参ったな・・・。これでも、すっごいセーブしてるんだけどな。」
小さな声でつぶやいている。
おっしゃる通り、すっごいセーブしてくれてるに違いないと思う。
こんなアプローチは、美作さんにとっては、会話みたいなものだろう。
美作さんに本気になって口説かれたら、どんな女でもすぐに落ちちゃうに違いない。
英徳で西門さんと一緒になって、色男ぶりを豪語してたけど、今初めてそれが正真正銘の事実だと思ったよ。
恐るべし美作さん。
プラス西門さん。
「中坊の時を思い出すことにするわ。」
美作さんは私の頭をポンポンたたきながら、笑いながら言う。
「いや、別に中学まで戻らなくたっていいけど・・・私だって一応社会人だもん。徐々にお願いします。」
「ククッ、徐々に・・・ね。じゃあ、適当にやるよ。」
そして、私たちは、お互いの仕事の話などして過ごした。
小さなキッチンがあって、そこで美作さんがアペタイザーとして、スモークサーモンのマリネとクリームチーズとディルをサンドしたクラッカーを作って並べてくれた。
デッキとキッチンを行ったりきたりしながら、二人でする作業が楽しくてあっという間に時間がすぎた。
空は、夕日で茜色に染まり美しい。
「なあ、牧野、俺らが今ここに一緒にいるのって信じられるか?」
夕日を見つめながら美作さんが聞く。
「不思議だよね・・・。ほんとに。」
「俺らがまだ高校のころ、牧野と公園のブランコに乗った夜のこと覚えてる?三日月が出てる夜だった。
俺、いっつも司たちに振り回されてただろ?その日は、他にもいやなことがあって、俺ばっか貧乏くじ引いてるみたいでへこんでたんだ。」
「あんまり覚えてないけど、美作さんがへこんでた時のこと?」
「ああ。
あの夜、牧野が俺に言ったんだ。
“三人を取りまとめるの大変そうだなって思ってた“ ”誰かに頼られることってすごいことだよね“ それから ”私もそうだからわかる“って。
俺、そのとき思った。
牧野みたいな女と一緒にいれたら幸せだろうな・・・って。
あの時の思いが、叶ってしまったなあ、やりい~。」
いたずらした後のように、肩をすぼめた美作さん。
そして、真剣な眼差しで私を射抜くように見つめた。
時々見せる、仔犬のようなその瞳と男っぽい輝きが混在してる。
道明寺と付き合ってた時には素直になれない自分がイヤだった。
学んだことを無駄にしないって、非常階段で空に誓った。
私、今の自分の気持ちに素直になることに決めたんだ。
この人を幸せにしてあげたい。
夕日に光る美作さんのウェーブヘアがきれいだった。
「牧野、ずっと俺の側にいてくれるよな?」
「美作さん、私でいいの?」
美作さんが大きく頷いた。
「おう。牧野、抱きしめてもいい?」
今度は、伺うように遠慮がちに聞いてくる。
美作さんは私をその胸の中にそっと囲うように閉じ込めた。
セクシーなフローラルの香りにつつまれて、意識をさらわれそうになりながら、でも何かしてあげたい。
目の前に塞がる美作さんの鎖骨へチュッと初めて私からのキスを落とした。
びっくりしたような美作さんの頬にも続けて一つキスを落とす。
ウブな私はどこへ行ってしまったのだろう。
美作さんの前で少し大胆になれる自分の先行きがちょっぴり心配になった。
つづく
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