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4.
「ふぅ~。」
「どうした?何度もため息ばかり。」
「ふぅ~、もう、どうしたらいいかわかんないよ。」
「どうしたらって・・・さっきから何をさして言ってるんだか?」
団子屋のバイト中なのも忘れ、私は優紀の隣で何度も溜息をつく。
結局、亜門が人気バンド・ベーシストになっていて偶然再会したこと、そのバンド・ヴォーカルに誘われている話を全部優紀に話した。
「それって、自分を試すチャンスじゃないの?いい話じゃない!?
つくしが道明寺さんと別れてから、あんまり元気なくて、ずっと心配してたんだよ。
大変なことにもポーンと飛び込んでいける元気いっぱいの女の子だったじゃない。
きっと、昔を思い出せ!って神様がくれたプレゼントなんだよ。
やってみてもいいんじゃないのかな。」
「優紀・・・。」
確かに、中学の時の私は怖いものなんて考えなかった。
まじめに努力すれば、皆が幸せになれるって信じていたし、思いを強くすれば何でもできると信じてた。
過去に流された、薄れつつある自分の一部をふと思い出す。
雑草魂と云われた私も、大人になるにつれ、丸くなる代わりにある部分が鈍化していることにその時気付いた。
バイトが終わると、空には半透明の白い月が描かれたように浮かんでいた。
視界の先には、スラリと長い脚。
「花沢類・・・・。」
「まきの、おつかれさま。」
彼だけがもつたおやかな仕草で、ビー玉のような瞳に微笑みをくっつけて、ゆっくり近づいてきた。
「花沢類、仕事忙しいんでしょ。」
「ここに来られると迷惑?」
「そ・そんなことあるわけないじゃん!私は、花沢類に申し訳なくて。」
「だったら、散歩付き合ってよ。 」
全力疾走した恋に終止符を打った私は、しばらく、全てが停止してしまったように、呆然としていた。
まるで荒野に捨て去られた荷馬車のように、活動を忘れ動かなくなっていた。
その時、側に来て肩を抱き、その少しだけ冷たい手で頭をなでてくれて、ただそれだけだったのに、花沢類はやっぱり不思議な人。
ゆるゆると雪が溶けるように、悔しさといたらなかった自分への反省が涙となって、とめどなく流れ出てきた。
その日、思い切り泣いてぐちゃぐちゃになって、すっかり疲れ果てた。
そしたら、くよくよ考えるのが馬鹿らしくなってきて、日に日に心の中で道明寺のことを考える日もなくなってきたんだ。
「そういえば、就職どうすんの?」
「それなんだけど、実はさ、今、思い切り悩んでる。」
「・・・・・・・何? 聞くよ。」
「うーん、まだ、自分でも整理できてないことがあって。あたしってさ、昔から貧乏性だから、将来のお仕事の話はすっごく考えないと決められないっていうか・・・、
自分には何があってるのかなーなんてのも、やっぱり納得できるまで考えたいし。」
「何?いけない質問だった?牧野、動揺してるでしょ。」
「また、そんな・・・。」
その晩
「今日もよく働いた~。」
労働の後のお風呂は最高、労働の喜びを感じられる最高の場所。
一息つくやいなや、現在トップ級の懸念事項が頭をもたげる。
私がバンドのヴォーカルに?
あまりにも突拍子もない話だよ。
あたたかいお湯の中につかりながら、そんな世界へ向かうことができるのだろうか?と考える。
まだ、何色にも染まっていないこの体。
この腕・胸・おなか・太もも、私だけの体。
『ねぇ、私にプロとして歌を歌っていくことができるかな・・・?』
自分の体に向かって、聞いてみる。
私の小ぶりな胸は?・・・なんだかもっと大きくなるよ。
私の細い腰は?・・・もっと女らしくなるよ。
大丈夫だって言ってるように聞こえる。
思い切ってミュージシャンになろうなんて、我ながら荒治療すぎるのではないか?
昼間、優紀が言ったように、これは、やってみろ!って神様がくれたプレゼントなのかな?
勇気を出して、突っ走ってやってみてもいいのかな。
考え事に夢中になるあまり、長湯で上せてしまい、這い出すように湯船から出た。
その夜、私は寝ずに一晩考えて決心をした。
翌日、気が変わらないうちに亜門に返事をする。
イエスの返事を。
何かここで、やってみたい気持ちになったことを伝えた。
デビューの話があるため、早速、ヴォーカル・トレーニングとバンド練習が始まる。
京子にそのことを話すと、ファン一号は私だと豪語し喜んでくれた。
大学4回生になると内定をもらっている生徒も少なくない。
私は、就職活動を棚上げし、バンド活動に時間をさいた。
もちろん、残った単位を落とすわけにはいかないので、勉強も頑張りながら。
「せんぱい~、久しぶりです。元気でしたか?」
大学カフェに甘ったるい声が響く。
桜子が話しかけてきた。
美人顔とナイスバディの桜子は、ますますきれいに輝いてきて、今日はウエストのくびれ具合が強調されたワンピ姿で男子達の視線を集めている。
「桜子、あんた、学校に何しに来てんの?男子達を悩殺しにでも来てるの?」
「先輩、私の美しさに今頃気がついたんですか?でも、そういう先輩だって、気付いてないかもしれませんが、キレイになったと思いますよ。」
「お世辞は結構。私は変わってないよ。」
「先輩、最近見かけませんでしたけど、就職活動ですか?」
隠していてもどうせばれるのだから、バンドの話を聞かせた。
「国沢亜門さんと・・・?先輩、つらくないんですか?」
「先輩がそう言うんなら、桜子、応援します。ファン第一号です!」
「ごめん、ファン第一号はバイト友達が・・・。」
桜子は文句いいながら、楽しそうだ。
そして、集合かけて壮行会しなきゃ!と言い残し、行ってしまった。
つづく
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