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51.
その日も、いつものようにスタジオで練習をしていた。
「亜門、さっきのところ、あと1小節分音を伸ばしたいんだけど。」
「了解。じゃ、ハル、なにか音作って!コードそのままで。」
このところ書くのは、バラードが多い。
それも、会いたくても会えない恋人とのせつない思いを楽譜に詰め込むわけだ。
結局、一ヶ月に一度会う約束は、お互い多忙のため、今まで一度も果たされたことがなく、二人のオフをやりくりして会えたのが、ちょうど2ヶ月前だ。
思い通りにならず、ため息が増えたこのごろだけど、曲作りで紛らわしている。
「しくし~!元気?」
滋さんがスタジオの扉からひょこっと顔を出した。
「あっ、滋さん。うわぁ~おなか大きくなってる・・・。予定日、来月ですよね?」
「うん!生まれたら遊びに来れなくなるから、今日は差し入れもって来たよ!」
「うわぁ~、おいしそうなお寿司!あぁ~ピエール・エルメのお菓子も?」
「うん!お寿司は築地にあるお店なんだけど、ネタが新鮮ですっごくおいしいんだよ。
ピエール・エルメはもちろんマカロンだよ~ん。前に、つくしがおいしいって言ってたよね。」
「滋さん、ありがとう~。」
私たちは、早速お寿司とお菓子をいただき、さすが滋さんお勧めのお寿司だけあり、どれもすごくおいしかった。
お腹を満たしてから、練習再開。
おいしいものを食べたら元気も出るのが若さの証拠。
いい感じに調子があがり、気分は上々のメンバー達。
歌いながら、メンバーへOKのアイコンタクトを送る。
あれ?滋さん、どうした?前かがみにお腹に手をあて、なんだかつらそうな顔をしている。
曲が終るや否や、甲斐さんが滋さんに駆け寄る。
「滋、どうした?お腹が痛むのか?」
「うん・・・ちょっとズキズキする、トイレどこ?」
「トイレなら、ついていってあげようか?」
「うん・・・つくし、お願い。」
ゆっくり立ち上がる滋さん。
本当につらそうだ。
「あっ!滋さん、脚・・・。」
滋さんの脚に透明の液体が伝っているのが見えた。
「「・・・破水・・・。」」
滋さんと私がはもる。
うわあ・・・どうしよう。
破水したという事は・・・、えっと、どうしたらいいんだっけ?
とりあえず、滋さんをゆっくり座らせて楽な姿勢をとらせてあげた。
周りを見れば、ハルはどうしたものかとオロオロしていて、修はスティックで頭をぼりぼり掻いている。
亜門にいたっては、ピックを右手に握り締めたまま、固まっていた。
唯一さすが、甲斐さんだけが携帯をつかんでどこかに電話をかけようとしている。
「滋、看護婦さんが病院に連れて来いって。」
そう言った甲斐さんは、おもむろに滋さんをお姫様抱っこしてドアへ向かい、私も一緒に車に乗り込むことにした。
「あちこち差し入れを買いに行ってくれたせいかな?ごめんね、滋さん・・・。」
「何言ってるの、つくし。お産は、来るときには来るって、先生言ってた。」
少し、つらそうな滋さんがそう言う。
お産という大仕事を前に、滋さんは落ち着いていて凄い。
病院に到着し診察を受けると、なにやら点滴されしばらくすると、本格的な陣痛が始まったようだ。
滋さんのご両親が到着して見守る中、時間だけがすぎていき、ついに「オギャーオギャー」と元気な赤ちゃんの産声が聞こえた時はホッとした。
「やったー!!生まれた!!」
3週間の早産だったけども、元気な男の子で、母子とも元気だ。
ガラス越しの赤ちゃんは、真っ赤で小さい。
これから色んな事を経験するだろう、その真っ白な人生のページが幸多かれと願わずにはいられない。
Trurururururururu・・・・・・・・trururururururu・・・・・・
「アロー、あっ、牧野か?」
「もしもし、美作さん、私。 あのね、滋さんの赤ちゃん、生まれたよ。元気な男の子!」
「おう、そっか・・・よかったな。滋は、元気か?」
「うん、母子ともとっても元気。」
スタジオで破水したことや病院についてからの様子などを話した。
「な、牧野、今月、こっちに来てくれないか?頼む!」
「無理だよ・・・、コンサートが入ってるから、音合わせが詰まってて。
美作さんこそ、どうしても来れない?今度は、美作さんが日本へ来る番なんだよ!」
「ごめん、今月は行けそうもない、本当にごめん。」
「じゃあ、会えるのは来月かな?」
「ごめんな・・・でも、電話するから。」
美作さんは、忙しくてなかなか日本へ帰れないという。
でも、ちゃんとまめに電話で声を聞かせてくれる。
美作さんも辛そうで、その分強く愛されているのが伝わってくる。
会いたいときに会えないことは、遠距離恋愛のスタートを切った時点で覚悟していたし、気持ちを溜め込まないようにつらくなったら、ちゃんと言葉に出すこと。
それで絶対上手くいくと思っていた。
でも、やっぱり、遠距離恋愛は甘くない。
歌を作る時、美作さんのことを想いながら書いたりできるからましだけど、ライブやコンサートの後は神経がすごく高ぶって、会場を突き抜けどこかへ飛ばされそうになる。
そんな時、美作さんに飛びついて、気持ちのほてりを沈めて欲しくなる。
でも、現実は、会えなくて一人寝が悲しくて、目をつぶってごまかし、夢の中で美作さんを求め疲れてしまう私がいた。
まだ契約期間の折り返しポイントに来たばかりなのに・・・大丈夫だか不安になる。
つづく
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