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54.
もうじき、CM会社との契約期間3年が満了する。
新たなCM契約には、全て、結婚・脱退の特約を事務所側から付加してもらっているので、もう縛られる必要は無くなり、大手を振って、イタリアへと飛んで行けるわけだ。
結婚の障害は無くなるのだし、すぐに大好きな人の元へ行ける。
でも、私の歌いたい気持ちはどうなる?
あっさり、あきらめきれるもの?
割り切れず、ずっと引っかかっていた疑問、・・・このまま辞めてもいいの?
歌いたいって気持ちに契約期間なんて無いもの。
喜んでくれるのならば、もっと素敵な曲を届けたいし、もっと上手くなりたい。
そう思ってる裏側に、今すぐにでもイタリアへ行きたくて、それを思うだけで胸が苦しくなる私も居るのだけれども。
あとちょっと納得できたら、すぐに飛んでいくから、もうしばらくだけ時間を下さい。
私の気持ちが最優先だと応援してくれる人に、さらに甘えることになるけれど、どんなわがままでも聞いてくれる美作さんなら、全て飲み込んでくれるよね。
久しぶりに仕事から離れ、桜子と一緒に滋さんの家に遊びに行くことになった。
玄関を開けると滋さんの元気な声に迎えられる。
「いらっしゃ~い。つくし、桜子!」
「「お邪魔しま~す。」」
甲斐さんと一人息子の崇くんは留守のよう。
「あの二人は、公園にサッカーしに行ったの。甲斐くんって子煩悩で、よく面倒見てくれるんだよ。」
幸せそうな滋さんは、穏やかな微笑を口元に浮かべている。
「サッカー? 崇くん、もう歩けるんでしたっけ?」
「桜子、一歳半なんだから、もうスタスタ歩くよ。まあ、サッカーっていっても、格好だけだけどね。」
「もうそんなになるんだ。ついこないだ生まれたような気がするけど。」
「そうだよぉ・・・。もう、赤ちゃん時代なんて懐かしい感じよぉ。つくしも早く産んじゃいなよ。」
「はぁ? 滋さん、私たち結婚もしてないんですよ。」
「そうですよ、先輩。美作さんとどうするつもりですか?例のCM会社との契約期間は終ったんですよね?いつでも、結婚できるじゃないですか。」
「好きな人と一緒のベッドで眠って、朝から一緒っていいものだよ。滋ちゃん、本当に結婚して良かったって思えるもん。つくしは、何を迷ってる?」
返事に困った私は、この二人に今の気持ちを聞いてもらいたいと思った。
実は、結婚よりまだ音楽を続けたいと思っていることをゆっくり話す。
すると、桜子も滋さんも静かに聞いてくれ、考え込むような仕草をして、桜子がこう言ったきり、他には何も言ってくれなかった。
「先輩、美作さんに愛想尽かされることも覚悟しておかないと・・・恋人と離れて平気な人は居ないことを忘れないでくださいね。 」
程なくして、玄関のチャイムが鳴り、甲斐さんと崇くんがバタバタと部屋に入ってきた。
スタジオの甲斐さんとまるで雰囲気が違っている。
「あっ、甲斐さん、おじゃましてるよ。」
「ああ~今日は、友達と二人で?」
父親の表情のまま、崇君を右腕に抱き上げていた。
「ゆっくりしていって。」なんて声かけて、噂どおり仕事と全然違うリラックスしたムードの甲斐さん。
オンとオフの違いを目の当たりにすると、大事なものを守るためにも、休日にはこうやって元気の素を貰わなきゃねって思う。
美作さんだって、本当はそんな支えが必要なんだ。
支社長という肩書きを背負い、家に帰っても、明かりのついてないあのアパートメント。
一人っきりのさびしい男性(ヒト)に思いをはせる。
心身を癒せる源になれるなら、それを私の幸せ以外の何と呼べばいいのだろう。
美作さんが自分の気持ちを飲み込んでるのは、重々承知。
健一パパからも言われてたこと、そんなあきらをよろしくって・・・。
それでも、女だけが仕事をあきらめないといけないなんて・・・と、別の私が言い出すのだからどうしようもない。
仕事も結婚もあきらめたくないのは、欲張りなのだろうか。
もう少しだけ、やらせて欲しい。
だって、その言葉を分かってくれる彼がいる。
甘えさせてもらってばかりだけど、もう少しだけなら許されるよね。
揺れる思いを頭から追い出し、桜子の言葉に耳を塞ぐ。
バンドの練習の後、亜門が食事に誘ってくれた。
「亜門、今日は女の子達が出待ちしてるみたいだよ。」
「じゃ、後で合流するか・・・。」
「うん、どこで?」
「たまには、家に来るか?」
「は?家?襲わない?」
「アホか!お前を襲いたきゃ、とっくの昔に襲ってる。じゃ、1時間後な。」
そういって、亜門は先に帰っていった。
一応、スーパーに寄って適当なものを買ってから、亜門の家に向かった。
迎えてくれた亜門は、エプロンをつけて何やら作っているようだ。
「う~ん、良い匂い・・・何?」
「オムライス。」
ぼそっと答える亜門。
「うわぁ~なつかしい。昔、作ってもらったよね。亜門のオムライスは卵の柔らかさが絶妙でおいしいんだよね。嬉しい!」
「大げさなやつ。ふっ。」
「私も、何か作るね。」
そういって二人で台所に立ち、お互いをチラチラ観察しながら料理なんかして、亜門の生活が垣間見れたし、楽しかった。
亜門はオムライスを、私は牛蒡と人参のきんぴら、アボガドとレタスとシラスの和え物を作った。
「「おいしい・・・!」」
お互いの料理をほめあう目出度い私たち。
そして、戦友と呼べる亜門に、このところずっと頭の中を占拠していた悩みを、少しづつ話し始めた。
「それでも、お前はバンドを続けたいんだろう? だったら、それが答えじゃないのか?」
「でも、どこかでそんなわがまま許されないって思ってる自分もいるわけよ。」
「どうしてだ?」
「美作さんに甘えてばかりで、待たせてるのも嫌なの。」
「あいつはそれでもいいって言ってるんだろ?」
「自分でもあきれるけど、滋さんみたいに愛する人の子供を産んで暮らすのも幸せだって思うから。」
「なんだよそれ、どっちなんだよ。女はわからん。」
「どうして、女は仕事も家庭も望めないの?ねえ、そんなの理不尽だよね。」
どれだけ悩んでも割り切れない思いが、喉元で引っかかる。
言葉にして亜門に聞いてもらいたいのに、どう変換すれば吐き出せるのか途方に暮れて、しまいに涙腺がジワリと熱を持ち、とうとう涙をポロリと落としてしまう。
亜門はじっと静かに考え事してるようで、労わり慰めようとしているように見えた。
さらにスイッチが入った様に涙腺全開になる私を、亜門はそっと抱きしめてくれる。
思い出すなあ・・・。
昔、亜門の胸で思い切り泣いたことがあった。
わざと私を怒らせた亜門の胸で、顔が腫れるまで思い切り泣いた夜。
心に鎧をまとい一人で戦っていたあの頃も、そして今も、さらけだして泣くことが出来る。
よっぽどストレスがたまっていたのか、涙の量は半端なく多かったけれど、お陰で少しスッキリした。
「亜門、ありがとう。 服、濡れちゃったよ、ごめん。」
「それより、もう十分か?」
「うん。・・・もう涙、空っぽになったかも・・・へへへ」
「つくし、多分、そういう悩みって考えてどうなるっていう問題じゃない気がする。」
「どういうこと?」
「まっ、収まるところに収まるていうか・・・、時期が来ればちゃんと実るってこと。」
この先どうなるかよくわからないけど、今日は亜門のお陰でいい時間が持てた。
洗面鏡で、瞼が腫れた顔にぎょっとなり、あわてて亜門に氷をもらいに走った。
つづく
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