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57.
廊下のほうが騒がしいと思ったら、だんだんその音が近づいてくる。
本当に来たようだな。
二日前、NYの司から「話があるから、そっちへ行く。」と短い用件を伝える電話があった。
二度ほどノックの音が聞こえ、秘書が止めるのも聞かず、ドアを蹴破る勢いで開けたのは日本人にしては大柄な男。
俺は書類から顔を上げ、ドアの側に立つ旧友を見据える。
ただ事でないその様子に驚きながらも、ここは俺のオフィス。
どんな場合でも、笑顔で旧友を歓迎しようとするのは、律儀な俺の性分だ。
「よぉ、ひさしぶりだな。本当に来たんだな。」
「あきら、お前、俺に誓ったよな?牧野を守る、幸せにするって。何なんだよ!これ!」
そういって、一枚の写真を応接セットの机に勢いよくたたきつけた。
俺は席を立ち、机まで行くと、その写真を手に取り何が写っているのかをよく見た。
それは、牧野と国沢亜門が抱き合っている写真だった。
「っにぃ・・!!!」
「あきら、お前、まさか・・・、全く知らなかったのか?」
司が急にトーンを下げて言う。
目の前の写真には、華奢な体をした俺の愛しい牧野を抱く俺以外の男。
・・・国沢亜門。
どういうことだ・・・?
呆然とする俺に司が話しを続ける。
「類の奴が、俺のところに持ってきたんだよ。
総二郎達とライブのあと楽屋へ行ったら、国沢と牧野が抱き合って激しくキスしているのを見たとかぬかしやがる。」
「嘘だろ?」
「嘘じゃねえ、俺も信じられなくて、総二郎に電話して確かめた。
総二郎も信じられねえって怒ってた。桜子は寝込んじまったらしいぜ。」
「・・・・・。」
「あきら、黙り込むなよ! 何とか言え!
俺はなあ、お前だから見守ってきたんだ。
なんで、あいつが牧野の横にいるんだ?え、何か言ってくれ、頼む!
あいつは、昔、牧野をだまくらかそうとした奴なんだぞ!!」
「司、俺が言うのもへんだけど、あいつはそんな悪い奴じゃない。」
「あきら、お前、自分が言ってることわかってるのか?かばう事ねえだろうが。
牧野が、あの男に持ってかれんぞ。」
「・・・・・。」
「お前たちは、上手くいってるんじゃなかったのかよ。
牧野が作った歌は、お前と会えないつらさを歌ってるだろうが、なんで放っておくんだよ。」
「別に放っていたわけじゃない!あいつが望むことをしたまでだ!」
「その結果がこれかよ・・・。」
「司、悪いけど、少しだまってくれないか。」
「お前、本当に何も気付かなかったのか?あきらが気付かなかったとはな・・・。
ふっ、わかった。邪魔したな。とにかく、お前が何もしないんなら、俺にも考えがあるからな。」
俺は小さく頷き、ソファーにへたれ込むと、そのまま背もたれに身を預ける。
司は、振り返りながら静かに部屋を出て行った。
手元の写真には、何度眺めても、二人が抱き合う姿が写っていて、ようやく視覚と思考がつながり始めた。
大きな仕事を抱えて随分長く牧野に会えないでいる。
ついこないだ電話で話したときは、あいかわらずの様子だったのにどうなってる?
司が最後に残していった言葉が何度もよみがえる。
『あきらが気付かなかったとはな・・・。』
俺は、何か見落としていたか?
まだ、信じられないといったほうがピッタリくる。
確かめるべく、受話器を取り類に電話した。
「もしもし・・・・類か?」
「あきらでしょ?まきののこと?」
「あぁ、さっき、司が怒鳴り込んできた。なあ類、この写真、本当なのか?俺は、まだ半信半疑だ。」
「俺だって、信じられなかったけど本当だよ。
あんなキスシーン見せられて、あきらの代わりに、あいつに殴りかかりそうだったよ。
まきのは、離れていても『幸せだよ・・・』って言っていたけど、本当はやっぱり寂しかったんじゃないの?」
「類、この写真どこから手に入れたんだ?」
「どうでもいいでしょ。そんなことより、あきら、どうするつもり?黙って見ているつもり?」
「いいや、牧野を連れ戻しに日本へ行く。」
「あきらなら、まきのを幸せにできるよ。頑張って・・・。」
「あぁ、サンキューな、類。」
俺は、秘書を呼んで、3日間の全てのスケジュールをキャンセルするように伝えた。
「支社長、それは困ります。明日はエミロン社との締結直前の大事な打ち合わせです。
あちらは、社長はじめ会長・顧問までご出席との連絡を受けております。」
「ああ、わかっている。なら、類のところに代役で出席させろ。あとで、話しておくから。」
「花沢物産様ですか?よろしいのですか?」
「そうだ、至急、資料を送っておいてくれ。」
「かしこまりました。」
そして、一番早い日本行きの便を確保させ、会社を飛び出した。
折角、この手につかんだ太陽を失えば、残される世界は以前よりもずっと深く重苦しい暗闇だけとなり、生という営みは息絶えてしまうだろう。
まきのを失う・・・。
この現実をどう受け止めればいいのか、考えただけで恐ろしい。
牧野のきらきら輝く強い瞳・漆黒の髪・すけるように白い肌そして太陽のような笑顔が次から次へと瞼に浮かぶ。
ライトの消された機内では乗客達は眠りに付き、静かなエンジン音ばかりが耳に付く
こんなに日本から離れていると実感したことは、今までなかった。
瞼を閉じても浮かぶのは触れることの出来ない牧野のことばかりだ。
「美作さん!」と呼ぶあいつの若々しく伸びやかな声が大好きだ。
その声は俺だけのもののはずだったのに、何故だ?牧野!
こんなに愛しくてしかたない彼女(ヒト)と何故今まで離れていることができたのだろうか・・・。
毛布の下で作ったこぶしに力がはいり、爪が肉にくいこんでいる。
一睡も出来ぬまま、ライトが再び点灯され、スクリーンに日本語放送が流れ始めた。
日本がようやく近づいた。
CAが持ってくるコーヒーの香りで、手の力がぬけ、ほんのつかの間の睡眠を得た。
迎えのリムジンに乗り込むなり、牧野の携帯へ電話する。
Trururururuur・・・・・trururururur・・・・・・
「おかけになった番号は電源を切っておられるか、電波の届かない・・・・・」
「クソッ!!」
携帯を椅子に投げつけた。
運転手の山田が、めずらしい俺の言動にぎょっとしている。
「あきらさま、ご自宅でよろしいのですね。」
「いや、MCレコードへ寄ってくれ。」
どこに居るんだ、牧野。
わざと、電源を切ってるのか?
MCレコードの受付で、マネージャーの後藤田さんを呼び出してもらう。
すると、都内のスタジオでCD作りのメンバーに同行中だという。
さっそく、そちらへリムジンを走らせた。
つづく
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