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eranndekuretearigatou52 52.
イタリア支社の主要貿易商品である薬品会社との話がごたついて、今月もオフをとることができないでいる。
牧野に会いたい・・・。
あの瞳が見たい。
折れそうな細い体をこの手にかき抱き、甘い香りを存分に吸い込みたい。
手に取った雑誌には、牧野のバンドがオリコンチャート下半期ベスト20に最も長く留まり続けたと伝え、バンド全員の写真が数ページにわたり掲載されている。
亜門の横にペタリとくっついて、その顔には満面の笑顔をたたえている牧野。
なんて愛しい顔だろう・・・写真のあいつをゆっくり指でなぞり、肌の感触を思い出そうとする。
写真の牧野は細い身体のままだが、いつの間にか女らしいラインを帯び、男を誘い、今さらながら、自分が与えた変化に熱いものがこみあげてくる。
透き通るような白い肌は、ゴツゴツした男達の中にいると浮かび上がるようで、新雪のように清らかに見える。
囲まれてるのは、気に喰わないぞ。
その黒くて大きな瞳は、見る者の視線を釘付けにすることだろう。
その唇は、俺だけが知る麗しい嬌声を出すために艶やかに光っているというのに、その果実を味わうことができない。
牧野だって、俺と同じように会いたい気持ちを必死で紛らわしているはずだ。
また、今月も会えないのか・・・。
苦しい思いを胸にしまい、仕事をこなす日々が続いて、もう限界が近いかもしれず、せめて今夜は夢の中で牧野に会えるように願い席をたった。今日のコンサートもチケット完売だ。
新曲のお披露目舞台だから、少しナーパスになってる私。
恋人と会えない寂しさを綴った自作の曲で、CDシングルになることも決定し、プレッシャーも相当。
間違えるんじゃないか心配だ。
「亜門、心臓がドキドキしてやばいよ。」
楽屋でギターをいじってる亜門は、目線を上げて、いつものクールな口調で言う。
「誰も取って喰うようなことしないから、いつも通りで行け!新曲を思い切り聞かせてやれよな!」
「それは、わかってるんだけどね、なんだか落ち着かないよ。」
亜門はその涼しげな瞳で私を見つめて、人差し指を曲げ、手招きをした。
側にいくと、私の両肩に手を載せ、目を見つめながら言う。
「あいつの事を想って作った曲なんだろう? あいつが聞いていると想って歌ってみぃ・・・!それでも緊張するか?」
「そうだね。作った時の気持ちで歌えばいいよね。」
亜門は私の肩をポンポン2回たたいた。
そのおまじない(?)のお陰か、今日のコンサートもおおいに盛り上がった。
予定通りアンコールで、いよいよ新曲を披露する。
そこに居るはずのない彼(ヒト)に向かって、思いを込めてしっとりと歌い上げると、観客から大きな声援が聞こえて感激だ。
歓喜の声に包まれながら、高揚した身体を自分の両手でぎゅっと抱きしめ目をつぶる。
今、一番会いたい彼を想う。
今、美作さんの腕の中で、やさしい笑顔を見上げることができたら、どんなに幸せだろう。私が、美作家のダイニングで遅い夕食をいただいていると、健一パパが入ってきた。
「あっ、健一パパ、お帰りなさい。」
「おや、一人で夕食かね?どうした、元気ないようだね。疲れているのかい?」
「はい・・・。帰宅が遅かったものですから。」
「では、一緒にいただいてもいいかね?」
「も・もちろんです。」
健一パパは、使用人に軽いものを持ってくるように言って、イスをひいた。
「どうだい?仕事は?」
「お陰さまで、順調です。私の書いた作詞・作曲したものがCDになったりもして。」
「revolution’sっていうバンドだったね、人気があるらしいじゃないか。
つくしちゃんが、作った曲はぜひ聞いてみたいな。」
また、アカペラで歌わされるのはかなわないので、持っていたCDをカバンから取り出した。
「ちょうど、一枚ありますから、よろしかったら聞いてみてください。」
「いただいていいのかな?ありがとう。」
「ちょっと、恥ずかしいな。」
「題名が、ううん?ホホウ、そうか・・・、これはあきら思って書いた曲なのかな?」
「///////・・バレバレですよね・・・。ハハハ・・・・。」
きっと、私の顔は真っ赤になっている。数日後、美作商事イタリア支社長宛に、社長より社内便が届いた。
その中には、一枚のメモと一緒にCDが入っていて、メモにはこう書いてある。あきらへ ちゃんとつくしちゃんを捕まえておきなさい。 健一 帰宅後、早速そのCDをあけ、愛しい人を想い会いたくてたまらないと語りかけるのあいつの声を聴いた。
この曲の題名どおり、『あなたの腕に閉じ込めて・・・』と胸に届く。
牧野の小さな叫び声。
あいつの痩せ我慢が可愛くて、抱きしめてやりたい衝動が走る。
俺の体を優しくなでるように語りかけ、疲れた身体を優しく包む。
まるで、そこにいるような錯覚に捕われると、今すぐベッドに連れて行きたくなった。
『牧野・・・会いたい・・・。』
俺は、シャワーを浴びそれから机にむかった。
つづくPR -
53.
家に帰ると、美作さんから一通の手紙が届いていた。
牧野へ こうして牧野へ手紙を書くのは初めてだな。
でも、牧野が迷わないように俺の思いを書こうと思う。
イタリアと日本との間には、距離と時差があって、牧野には淋しい想いを
させていて、本当にすまない。
俺の全ては牧野を欲していて、離れている時間が拷問のように苦しい。
幸せそうに肩を寄り添い歩くカップルを見れば、
牧野のぬくもりが恋しくて、出来ることなら、地中を通り抜け
牧野の元まで抱きしめに行きたくなる。
許されるなら、牧野を永遠にこの腕に閉じ込めてしまい、
愛し合い、ずっとつながっていたいと思うのは
愛しすぎた愚かな発想だろうか?
昔、牧野が言ったように、俺は月みたいだろ?
太陽が輝いてくれるから、月も輝けるのを忘れないで欲しい。
俺の太陽は牧野だ。牧野の居ない人生なんて、星屑にも値しない。
全身全霊こめて牧野を愛している。
全能の神に永遠の愛を誓う。
牧野が淋しく感じるたびに、俺の血肉は飛散し痛みを感じるだろう。
だから、迷わないで欲しい。
俺の牧野への思いは、鋼(はがね)より硬く真っ直ぐで、
微塵の緩みもあり得ない。
この腕は牧野を抱くためにあるのだから、
姿が見えなくても想像して感じて欲しい。
俺は、いつも牧野のことだけを想い、
夢の中で抱きしめている。
美作あきら 手紙を読み終えると、涙がこぼれていた。
美作さんの私への深い愛情が淋しかった気持ちを暖めて、結ばれてる思いを何倍も大きくゆるぎないものに変えていく。
美しく並べられただの文字の羅列なのに、まるで美作さんが側で語ってくれているような温度を感じる一枚の紙。
こんなにも必要とされ愛されている。
手紙っていい。
改めて知る美作さんの愛情に力をもらい勇気をもらえて、そして、それをいつでも持ち歩けるのだ。あいかわらず多忙な私たちが会えるのは、2ヶ月に一度会えればよかった。
でも、遠距離恋愛は上手く続いている。
あの時は、抱きしめて欲しい思いが高まるほど、寂しくてつらくてやるせなくて悲しくて、ダメな私になりそうだった。
そこへ、届いた美作さんのラブレターは、文字通り愛にあふれた手紙だった。
思えば、あれは私の甘えが出て、スランプの時期だったのだと思う。
あれから、私は手紙をお守り代わりにしている。そして、今日、待ちに待った美作さんの一時帰国の日を迎えた。
昨夜から、眠れないほど待ち遠しくて、変装して空港に迎えに来た。
到着ゲートから次々に人が出てくる。その中に、一際背の高い柔らかそうなウェーブヘアの美作さんの姿を捉えると、美作さんも気付いたようで、こちらに向かってくる。
3m、2m、1mと距離が縮まり、ついにその長い手に引き寄せられて腕の中へ。
『あー、もう死んでもいいくらい幸せ。』
全ての細胞が活性化を始める。
「牧野・・・・、会いたかった。」
美作さんにきつく抱きしめられ、息が苦しい。
「く・苦しいよ。」
「ごめん、ごめん。」
美作さんは、わたしの顔を愛おしそうに眺めてから、耳元で言った。
「二人だけになれる所へ行こう。」
そして、リモに乗り込み、そのまま空港近くの3ツ星ホテルにチェックインした。
エレベーターは、グングンすごい勢いで上昇する。
部屋の前でカードキーを差し込み、グリーンランプが点灯すると、美作さんはニッコリ微笑んでドアを引いた。
上着を脱ぎソファーに腰掛け、私を見つめる美作さん。
「何?・・・何かついてる?」
「いいや、本当に牧野だ・・・と思って見てるだけ。」
「そ・そりゃそうだよ。」
「牧野、一緒にお風呂に入ろうか・・・。」
美作さんがいきなりとんでもないことを言い出した。
「だめだよ、それだけはダメ!恥ずかしいよ。」
男女の関係になって久しい上、私の体を隈なく熟知されている相手なのに、今さらだけどなぜか恥ずかしい。
「何で?二人でゆっくりしたいと思って。体、流してやるよ。」
美作さんは、濃茶の瞳で私を見つめたまま、まるで妹たちの世話をするようにサラリと言う。
「・・・んじゃぁ、あとから入るから、先に行ってて///。」
美作さんがバスルームに消えてしばらくしてから、勇気を出して入っていった。
「牧野、隠すなよ・・・全部見せて。」
美作さんは、容赦なくそう言う。
美作さんの厚い胸板には程よく筋肉が付いていて、たくましい上腕筋が目に入る。
こんなにたくましい腕に閉じ込められたら、抜け出せないだろうな・・・とふと思う。
タオルにいっぱいソープをつけて、壊れ物を扱うように丁寧に体を洗われて、眠たくなってきた。
「寝るなよ!」
美作さんに頭を小突かれた。
「だって、気持ちいいんだもん。じゃあ、今度は私が洗ってあげる。」
成人男性の体を洗うのは初めてで、手順がわからない。
「えっと、どこから洗って欲しい?」
「はぁ?別にどこからでもいいから、好きなところからどうぞ。」
私は迷うことなく美作さんの胸元にそっとタオルを落とし洗い始めた。
「ふ~ん、牧野は俺の胸が好きなんだ。」
「/////// うん。大好き・・・。」
本当に大好き、この胸の上に顔を寄せると、安心するから。
そして、二人で向かい合って湯船につかった。
水に濡れると、まっすぐになる美作さんの髪の毛。
美作さんのオールバックは久しぶりで、じっと見入ってしまう。
端正な顔立ちだから、それこそ水も滴るいい男でくやしいくらいだ。
こんないい男の前にいると、私なんか、濡れネズミみたいに貧相に見えるのではないだろうか・・・と心配になるよ・・・。
「牧野、こっちおいで。」
美作さんに後ろからスッポリ抱きすくめられる形になって、あつい吐息が耳元にかかる。
「はぁ~、牧野とこうして、やっと落ち着いたよ。俺、今回は、かなり応えた。
何度、仕事を放り投げてやろうと思ったことか。でも、そんなことしてもその場しのぎだもんな。」
「私だって、そうだったよ。でも、あの手紙もらってから、復活したの。
どんなに電話で話していても、少しづつ薄れていったぬくもりを、また手紙が思い出させてくれて、元気が出た。手紙に書いてくれた言葉、すっごく嬉しかった。宝物だよ・・・。」
美作さんは、私の顎をくいっと自分のほうに向けて、軽いキスからはじまり、だんだん深いキスをする。
口元でつながれた私たちは、その暖かく柔らかなお互いの果実をむさぼり始め、小さな拗音がバスルームの中で卑猥に響き始めた。
そして、熱い男のまなざしに捉えられた私の体も否応なく、ほてり始める。
美作さんは立ち上がり、バスタオルを手に取り私の体を包み、抱き上げてベッドに運んだ。
「一緒に行こうな。」
「//////////。」
「うん」の一言が、胸がいっぱいで声にならなかった。
つづく -
eranndekuretearigatou54 54.
もうじき、CM会社との契約期間3年が満了する。
新たなCM契約には、全て、結婚・脱退の特約を事務所側から付加してもらっているので、もう縛られる必要は無くなり、大手を振って、イタリアへと飛んで行けるわけだ。
結婚の障害は無くなるのだし、すぐに大好きな人の元へ行ける。
でも、私の歌いたい気持ちはどうなる?
あっさり、あきらめきれるもの?
割り切れず、ずっと引っかかっていた疑問、・・・このまま辞めてもいいの?
歌いたいって気持ちに契約期間なんて無いもの。
喜んでくれるのならば、もっと素敵な曲を届けたいし、もっと上手くなりたい。
そう思ってる裏側に、今すぐにでもイタリアへ行きたくて、それを思うだけで胸が苦しくなる私も居るのだけれども。
あとちょっと納得できたら、すぐに飛んでいくから、もうしばらくだけ時間を下さい。
私の気持ちが最優先だと応援してくれる人に、さらに甘えることになるけれど、どんなわがままでも聞いてくれる美作さんなら、全て飲み込んでくれるよね。久しぶりに仕事から離れ、桜子と一緒に滋さんの家に遊びに行くことになった。
玄関を開けると滋さんの元気な声に迎えられる。
「いらっしゃ~い。つくし、桜子!」
「「お邪魔しま~す。」」
甲斐さんと一人息子の崇くんは留守のよう。
「あの二人は、公園にサッカーしに行ったの。甲斐くんって子煩悩で、よく面倒見てくれるんだよ。」
幸せそうな滋さんは、穏やかな微笑を口元に浮かべている。
「サッカー? 崇くん、もう歩けるんでしたっけ?」
「桜子、一歳半なんだから、もうスタスタ歩くよ。まあ、サッカーっていっても、格好だけだけどね。」
「もうそんなになるんだ。ついこないだ生まれたような気がするけど。」
「そうだよぉ・・・。もう、赤ちゃん時代なんて懐かしい感じよぉ。つくしも早く産んじゃいなよ。」
「はぁ? 滋さん、私たち結婚もしてないんですよ。」
「そうですよ、先輩。美作さんとどうするつもりですか?例のCM会社との契約期間は終ったんですよね?いつでも、結婚できるじゃないですか。」
「好きな人と一緒のベッドで眠って、朝から一緒っていいものだよ。滋ちゃん、本当に結婚して良かったって思えるもん。つくしは、何を迷ってる?」
返事に困った私は、この二人に今の気持ちを聞いてもらいたいと思った。
実は、結婚よりまだ音楽を続けたいと思っていることをゆっくり話す。
すると、桜子も滋さんも静かに聞いてくれ、考え込むような仕草をして、桜子がこう言ったきり、他には何も言ってくれなかった。
「先輩、美作さんに愛想尽かされることも覚悟しておかないと・・・恋人と離れて平気な人は居ないことを忘れないでくださいね。 」程なくして、玄関のチャイムが鳴り、甲斐さんと崇くんがバタバタと部屋に入ってきた。
スタジオの甲斐さんとまるで雰囲気が違っている。
「あっ、甲斐さん、おじゃましてるよ。」
「ああ~今日は、友達と二人で?」
父親の表情のまま、崇君を右腕に抱き上げていた。
「ゆっくりしていって。」なんて声かけて、噂どおり仕事と全然違うリラックスしたムードの甲斐さん。
オンとオフの違いを目の当たりにすると、大事なものを守るためにも、休日にはこうやって元気の素を貰わなきゃねって思う。
美作さんだって、本当はそんな支えが必要なんだ。
支社長という肩書きを背負い、家に帰っても、明かりのついてないあのアパートメント。
一人っきりのさびしい男性(ヒト)に思いをはせる。
心身を癒せる源になれるなら、それを私の幸せ以外の何と呼べばいいのだろう。
美作さんが自分の気持ちを飲み込んでるのは、重々承知。
健一パパからも言われてたこと、そんなあきらをよろしくって・・・。
それでも、女だけが仕事をあきらめないといけないなんて・・・と、別の私が言い出すのだからどうしようもない。
仕事も結婚もあきらめたくないのは、欲張りなのだろうか。
もう少しだけ、やらせて欲しい。
だって、その言葉を分かってくれる彼がいる。
甘えさせてもらってばかりだけど、もう少しだけなら許されるよね。
揺れる思いを頭から追い出し、桜子の言葉に耳を塞ぐ。バンドの練習の後、亜門が食事に誘ってくれた。
「亜門、今日は女の子達が出待ちしてるみたいだよ。」
「じゃ、後で合流するか・・・。」
「うん、どこで?」
「たまには、家に来るか?」
「は?家?襲わない?」
「アホか!お前を襲いたきゃ、とっくの昔に襲ってる。じゃ、1時間後な。」
そういって、亜門は先に帰っていった。
一応、スーパーに寄って適当なものを買ってから、亜門の家に向かった。
迎えてくれた亜門は、エプロンをつけて何やら作っているようだ。
「う~ん、良い匂い・・・何?」
「オムライス。」
ぼそっと答える亜門。
「うわぁ~なつかしい。昔、作ってもらったよね。亜門のオムライスは卵の柔らかさが絶妙でおいしいんだよね。嬉しい!」
「大げさなやつ。ふっ。」
「私も、何か作るね。」
そういって二人で台所に立ち、お互いをチラチラ観察しながら料理なんかして、亜門の生活が垣間見れたし、楽しかった。
亜門はオムライスを、私は牛蒡と人参のきんぴら、アボガドとレタスとシラスの和え物を作った。
「「おいしい・・・!」」
お互いの料理をほめあう目出度い私たち。
そして、戦友と呼べる亜門に、このところずっと頭の中を占拠していた悩みを、少しづつ話し始めた。
「それでも、お前はバンドを続けたいんだろう? だったら、それが答えじゃないのか?」
「でも、どこかでそんなわがまま許されないって思ってる自分もいるわけよ。」
「どうしてだ?」
「美作さんに甘えてばかりで、待たせてるのも嫌なの。」
「あいつはそれでもいいって言ってるんだろ?」
「自分でもあきれるけど、滋さんみたいに愛する人の子供を産んで暮らすのも幸せだって思うから。」
「なんだよそれ、どっちなんだよ。女はわからん。」
「どうして、女は仕事も家庭も望めないの?ねえ、そんなの理不尽だよね。」
どれだけ悩んでも割り切れない思いが、喉元で引っかかる。
言葉にして亜門に聞いてもらいたいのに、どう変換すれば吐き出せるのか途方に暮れて、しまいに涙腺がジワリと熱を持ち、とうとう涙をポロリと落としてしまう。
亜門はじっと静かに考え事してるようで、労わり慰めようとしているように見えた。
さらにスイッチが入った様に涙腺全開になる私を、亜門はそっと抱きしめてくれる。
思い出すなあ・・・。
昔、亜門の胸で思い切り泣いたことがあった。
わざと私を怒らせた亜門の胸で、顔が腫れるまで思い切り泣いた夜。
心に鎧をまとい一人で戦っていたあの頃も、そして今も、さらけだして泣くことが出来る。
よっぽどストレスがたまっていたのか、涙の量は半端なく多かったけれど、お陰で少しスッキリした。
「亜門、ありがとう。 服、濡れちゃったよ、ごめん。」
「それより、もう十分か?」
「うん。・・・もう涙、空っぽになったかも・・・へへへ」
「つくし、多分、そういう悩みって考えてどうなるっていう問題じゃない気がする。」
「どういうこと?」
「まっ、収まるところに収まるていうか・・・、時期が来ればちゃんと実るってこと。」
この先どうなるかよくわからないけど、今日は亜門のお陰でいい時間が持てた。
洗面鏡で、瞼が腫れた顔にぎょっとなり、あわてて亜門に氷をもらいに走った。
つづく -
eranndekuretearigatou55 55.
めずらしく、フランスにいる類から電話があった。
「おう、類、久しぶりだな・・・。元気か?」
「うん。あきらも元気だった?」
「何とかやってるよ。」
「もうじき一時帰国するんでしょ?まきのが、嬉しそうに言ってた。」
「筒抜けかよ。まあ、そのつもりだけど、まだ帰れるかわからない。」
「イタリアのエミロン社のせい?」
「ああ・・・。そういえば類のところも狙ってるんじゃなかったのか?・・・。」
イタリアの宇宙航学技術は目覚しい進歩をとげており今では世界でトップレベルだ。
中でもエミロン社はめざましい飛躍をとげ急成長している。
そこで、その技術の仲介役を得るためなんとしてでも業務提携を結びたいと考えて奔走しているところだった。
「だって、その話、あきらのところに決まりでしょ?」
「まだ、締結してないから、なんとも言えないな。」
「じゃあ、当分、日本へ帰れないね。ねえ、あきら、まきのと離れたままでいいの?」
「あいつには、やりたい事をやらせてやりたい。」
「いつまで?」
「わかるか、そんなの!牧野次第ということだ!」
「ふ~ん、牧野次第ね・・・。あきらって、本当にやさしいよね。」
「俺も、当分忙しいし、急がなくてもいいんじゃないかと思ってる。」
「あきらは、司が婚約者と結婚しない理由わかってるでしょ?
すごいよね、5年近く待ってる相手も。」
「ああ、わかってるつもりだ。」
「一回、司に、ちゃんと謝っておけば?」
「どうして俺が謝るんだよ! 第一、それは自分自身に対するけじめと思ってるからだろうが。俺が口出しすることじゃないだろ。」
「だって、どう見てもあきらがのんびりしているせいに見えるから。」
「はぁー?どうやったら、そう見えるんだよ、まったく・・・。」
俺だって、一日でも早く牧野と暮らしたいさ。
今の俺はイタリアを離れることができないのだし、仕方ないじゃないか。今日は、雑誌社によるインタビューと撮影が入っていた。
Revolution’sはテレビに出演しない代わりに、雑誌のオファーはウェルカムで受けている。
インタビューが中盤に入り、くだけた質問にかわる。
「ファンの一部で、亜門さんとつくしさんが寄り添う場面が多く見られるので、実は付き合ってるのではないかという噂がでていますが、ぶっちゃけ、どうなんですか?」
「な・ないです!!!絶対に!」
びっくりした私は即座に否定した。
「つくしとは、かなりの腐れ縁っていうだけですから。」
亜門が笑いながら言う。
「腐れ縁ということは、昔は、そういう関係だったとか?完全否定しないってことですか?」
首を振る亜門。
メンバー全員、私が誰と本当に付き合っているのか知っているから、内心ニヤケていたと思うけど、もちろん誰も口を割らない。
そこで修が、急に口をひらく。
「バンド内恋愛禁止ですから、絶対ないですよ!だって、やりにくくなるじゃないですか・・・でしょう?」
一同、修に頷いていた。
甲斐さんは「無い、無い」というように、手と首を振っている。
確かに、スキンシップは精神的に癒され、楽しさに変わることを経験的に知った。
「いつでも胸を貸すぜ・・・。」といってくれる亜門にハグをすることも多いし、横にいる事も多い。
亜門はいつも胸を広げてくれるけれども、それは、決して美作さんの代わりではなく、亜門と私の歴史が作った心のふれあいといったらいいのかな。
亜門といると、何かと楽だし、色んなことを知っているから頼りにもなる。
でも、この微妙な関係は簡単に話せる内容じゃないし。
けど、亜門は異常にモテるのだから、熱狂的女性ファンから刺されないか?私。
げっ!やばいよね・・・そんなの冗談じゃない。
仕事の帰り、亜門を捕まえて一言忠告。
「私、亜門のせいで目の敵にされるかも、やだよ、そんなの!!」
「??」
「あのさ、これからは、誤解されないようにちょっと気をつけようってことよ。」
「ああ、噂のこと?あんなの気にするな!」
「気にするなって。亜門はなんではっきり否定しなかったのよ?」
「俺は、結構、腐れ縁楽しんでるから。」
「どういうことよ?」
亜門は私を一度見つめてから、目をそらす。
「つくしが、橋を渡り損ねた時には側に居るっていうこと。」
「橋を渡り損ねる?」
「別に考えなくてもいいから、じゃあな。あっ、また、あの金平作ってくれよな!」
私の髪の毛をクシャっとかき回して、帰っていった。
橋を渡り損ねた時って・・・、亜門だって今や橋の向こうの人みたいなもんじゃない。
知り合った頃の亜門は、もっとクールで何かをあきらめた感じで冷たい印象だった。
今の亜門は大人の落ち着きと程よい暖かさを兼ね備え、第一印象は100%ずっと良くなってる。
亜門には、いくら感謝しても足りないくらいだ。
こんなに夢中になれる仕事を教えてくれて、私のことも見守ってくれている。
ありがとうね。
亜門のお陰で、新しい世界を知れたんだよ。
再会、万歳だ。
つづく -
eranndekuretearigatou56 56.
花沢類が私たちのことを心配していると、美作さんから聞いた。
電話越しに話をするだけでも、なんだかとても和める人。
無性に声が聞きたくなって、携帯を手にとった。
Trurururururururu・・・・・・・trrururuurururuu・・・・・・
「はい、あっ、まきの?」
「うん、花沢類、元気?今、忙しい?」
「ううん、牧野からの電話はいつでも歓迎。でも、めずらしいね、こんな時間に。」
「うん、ちょっと花沢類の声が聞きたくなって。」
「どうしたの?まきのがそんなこと言うのめずらしいね。
俺もまきのに愚痴でも聞きいてもらいたいって思ってたところ。」
「ふふっ、嘘ばっかり。花沢類はそんなこと無いでしょ。」
「・・・あるさ。」
「そういう時は、ライブにでも行ってガンガン盛り上がるといいんだよ、フランスのお勧めバンド、亜門に聞いておくね。
瞬間、嫌な事もビューンって吹っ飛ぶんだから。」
「クククッ、まきのが言うと本当に飛んでいきそう。」
「そうだ、花沢類、今度いつ帰ってこられる?来月末、revolution’sのライブ予定だよ。
日にちが合えばおいでよ。」
その頃、日本出張が入っているらしく、スケジュールが合えば、見にきてくれることになった。
折角なので、西門さんや桜子や優紀も招待しよう。
「美作さんも帰ってくるって言ってたから、みんなで一緒に会えればいいよね。」
「あれ?まだ聞いてない?あきら、一時帰国、無理かもって。」
「え?」
「?」
「・・・・うん、聞いてないよ。」
「じゃあ、まだ決まってないんだよ。」
「美作さんと最後に会ったのはいつだったかな?5ヶ月くらいたつかな~。ハハ・・・だんだん、数えるのが面倒になってきたよ。」
「まきの・・・。」
「心配しないで。美作さんとはちゃんと連絡とれてるから。
遠距離恋愛ベテランの域に達すると、一喜一憂しなくなるんだよね。」
「まきのは、それで幸せ?」
「幸せだよ・・・。」
花沢類にそんな風に聞かれると、泣き出したくなる。
「俺、まきのが笑っている顔が好きだからさ。」
「うん、知ってる。ありがとう、花沢類。」カレンダーをめくると、すぐにライブの日がやって来た。
今日のお客のノリはとても良くて、喋りやすかった。
ステージトークの神様が乗り移ったようにポンポンはずみ、ステージ終了後もテンションあがりっぱなし。
「イエ~イ、メッチャ最高だったぜ~」
ハルがギター片手にハンド・ファイブする。
修はスティックをクルクル激しく回してドリンクをがぶ飲みし、上半身裸の甲斐さんと亜門がハグし合うのはいつもの光景。
汗で光る二人の体から発熱しているようで、楽屋は興奮の汗とコロンとドリンクが交じり合った独特の匂いが充満している。
熱いステージの余韻はなかなか引かず、私はいつものように亜門にハグをねだり腕を広げた。
それはいつものコースをたどるように、戸惑いなく身体が動いていく。
亜門も応えてくれるわけで、自然に強くムギュッと抱き合うと、改めて安堵と喜びを感じられるから大好きな瞬間なのだ。
「今日、すっ~ごく気持ちよかった~もう気分最高!これは病み付きになるわ。」
「おう、声も調子よかったな。」
その時、背後に小さなノックがして、誰かが入ってきたようだった。すると、亜門は急にハグを解き、ゆっくり私の両頬に右手と左手を置くと、そこだけ涼しげな眼差しを私の瞳に固定して動かなくなった。
一体、何?
戸惑う私は亜門の瞳から目をそらすことが出来ずに、大きく目を開いたまま見つめるだけ。
「つくし、許せ・・・。」
そう言ったかと思うと、亜門はそのまま唇を落としてきた。
口を大きく開け上下の唇ごと強く吸い、両頬を挟んだ指の力が強まったかと思うと、
唇を割り舌を入れて、口内を犯し始めた。
キスというより、お腹をすかせた猛獣が、とらえた獲物を遠慮無く味わうような野生的で濃厚で激しく、周囲を容赦なく黙らせる効果があった。
私は、身じろぎもできない。
「ヒュー!!」 ハルが叫ぶ。
修がスティックで小刻みな音をたて煽っている
その時、空を冷たく切るように、
「何やってるの?」
それは、花沢類の声だった。
呆然と振り返ると、睨んでいる花沢類と苦虫を踏み潰したように顔をしかめている西門さん。
そして、驚きのあまり息を止めている滋さんと桜子。
泣きそうな顔の優紀が立っていた。
つづく -
eranndekuretearigatou57 57.
廊下のほうが騒がしいと思ったら、だんだんその音が近づいてくる。
本当に来たようだな。
二日前、NYの司から「話があるから、そっちへ行く。」と短い用件を伝える電話があった。
二度ほどノックの音が聞こえ、秘書が止めるのも聞かず、ドアを蹴破る勢いで開けたのは日本人にしては大柄な男。
俺は書類から顔を上げ、ドアの側に立つ旧友を見据える。
ただ事でないその様子に驚きながらも、ここは俺のオフィス。
どんな場合でも、笑顔で旧友を歓迎しようとするのは、律儀な俺の性分だ。
「よぉ、ひさしぶりだな。本当に来たんだな。」
「あきら、お前、俺に誓ったよな?牧野を守る、幸せにするって。何なんだよ!これ!」
そういって、一枚の写真を応接セットの机に勢いよくたたきつけた。
俺は席を立ち、机まで行くと、その写真を手に取り何が写っているのかをよく見た。
それは、牧野と国沢亜門が抱き合っている写真だった。
「っにぃ・・!!!」
「あきら、お前、まさか・・・、全く知らなかったのか?」
司が急にトーンを下げて言う。
目の前の写真には、華奢な体をした俺の愛しい牧野を抱く俺以外の男。
・・・国沢亜門。
どういうことだ・・・?
呆然とする俺に司が話しを続ける。
「類の奴が、俺のところに持ってきたんだよ。
総二郎達とライブのあと楽屋へ行ったら、国沢と牧野が抱き合って激しくキスしているのを見たとかぬかしやがる。」
「嘘だろ?」
「嘘じゃねえ、俺も信じられなくて、総二郎に電話して確かめた。
総二郎も信じられねえって怒ってた。桜子は寝込んじまったらしいぜ。」
「・・・・・。」
「あきら、黙り込むなよ! 何とか言え!
俺はなあ、お前だから見守ってきたんだ。
なんで、あいつが牧野の横にいるんだ?え、何か言ってくれ、頼む!
あいつは、昔、牧野をだまくらかそうとした奴なんだぞ!!」
「司、俺が言うのもへんだけど、あいつはそんな悪い奴じゃない。」
「あきら、お前、自分が言ってることわかってるのか?かばう事ねえだろうが。
牧野が、あの男に持ってかれんぞ。」
「・・・・・。」
「お前たちは、上手くいってるんじゃなかったのかよ。
牧野が作った歌は、お前と会えないつらさを歌ってるだろうが、なんで放っておくんだよ。」
「別に放っていたわけじゃない!あいつが望むことをしたまでだ!」
「その結果がこれかよ・・・。」
「司、悪いけど、少しだまってくれないか。」
「お前、本当に何も気付かなかったのか?あきらが気付かなかったとはな・・・。
ふっ、わかった。邪魔したな。とにかく、お前が何もしないんなら、俺にも考えがあるからな。」
俺は小さく頷き、ソファーにへたれ込むと、そのまま背もたれに身を預ける。
司は、振り返りながら静かに部屋を出て行った。
手元の写真には、何度眺めても、二人が抱き合う姿が写っていて、ようやく視覚と思考がつながり始めた。
大きな仕事を抱えて随分長く牧野に会えないでいる。
ついこないだ電話で話したときは、あいかわらずの様子だったのにどうなってる?
司が最後に残していった言葉が何度もよみがえる。
『あきらが気付かなかったとはな・・・。』
俺は、何か見落としていたか?
まだ、信じられないといったほうがピッタリくる。
確かめるべく、受話器を取り類に電話した。
「もしもし・・・・類か?」
「あきらでしょ?まきののこと?」
「あぁ、さっき、司が怒鳴り込んできた。なあ類、この写真、本当なのか?俺は、まだ半信半疑だ。」
「俺だって、信じられなかったけど本当だよ。
あんなキスシーン見せられて、あきらの代わりに、あいつに殴りかかりそうだったよ。
まきのは、離れていても『幸せだよ・・・』って言っていたけど、本当はやっぱり寂しかったんじゃないの?」
「類、この写真どこから手に入れたんだ?」
「どうでもいいでしょ。そんなことより、あきら、どうするつもり?黙って見ているつもり?」
「いいや、牧野を連れ戻しに日本へ行く。」
「あきらなら、まきのを幸せにできるよ。頑張って・・・。」
「あぁ、サンキューな、類。」
俺は、秘書を呼んで、3日間の全てのスケジュールをキャンセルするように伝えた。
「支社長、それは困ります。明日はエミロン社との締結直前の大事な打ち合わせです。
あちらは、社長はじめ会長・顧問までご出席との連絡を受けております。」
「ああ、わかっている。なら、類のところに代役で出席させろ。あとで、話しておくから。」
「花沢物産様ですか?よろしいのですか?」
「そうだ、至急、資料を送っておいてくれ。」
「かしこまりました。」
そして、一番早い日本行きの便を確保させ、会社を飛び出した。折角、この手につかんだ太陽を失えば、残される世界は以前よりもずっと深く重苦しい暗闇だけとなり、生という営みは息絶えてしまうだろう。
まきのを失う・・・。
この現実をどう受け止めればいいのか、考えただけで恐ろしい。
牧野のきらきら輝く強い瞳・漆黒の髪・すけるように白い肌そして太陽のような笑顔が次から次へと瞼に浮かぶ。
ライトの消された機内では乗客達は眠りに付き、静かなエンジン音ばかりが耳に付く
こんなに日本から離れていると実感したことは、今までなかった。
瞼を閉じても浮かぶのは触れることの出来ない牧野のことばかりだ。
「美作さん!」と呼ぶあいつの若々しく伸びやかな声が大好きだ。
その声は俺だけのもののはずだったのに、何故だ?牧野!
こんなに愛しくてしかたない彼女(ヒト)と何故今まで離れていることができたのだろうか・・・。
毛布の下で作ったこぶしに力がはいり、爪が肉にくいこんでいる。
一睡も出来ぬまま、ライトが再び点灯され、スクリーンに日本語放送が流れ始めた。
日本がようやく近づいた。
CAが持ってくるコーヒーの香りで、手の力がぬけ、ほんのつかの間の睡眠を得た。
迎えのリムジンに乗り込むなり、牧野の携帯へ電話する。Trururururuur・・・・・trururururur・・・・・・
「おかけになった番号は電源を切っておられるか、電波の届かない・・・・・」
「クソッ!!」
携帯を椅子に投げつけた。
運転手の山田が、めずらしい俺の言動にぎょっとしている。
「あきらさま、ご自宅でよろしいのですね。」
「いや、MCレコードへ寄ってくれ。」
どこに居るんだ、牧野。
わざと、電源を切ってるのか?
MCレコードの受付で、マネージャーの後藤田さんを呼び出してもらう。
すると、都内のスタジオでCD作りのメンバーに同行中だという。
さっそく、そちらへリムジンを走らせた。
つづく -
eranndekuretearigatou58 58.
スタジオ受付では確認証がないので、牧野の呼び出しを断られた。
仕方なく、マネージャーの後藤田さんを呼び出してもらう。
「こんにちは、すみません、急に」
「こんにちは、美作さん。どうされたんですか?こんなところへ。」
「今すぐ、つくしに会えませんか?」
俺の切羽詰った様子に何事かと思った様子。
「レコーディング中ですけど、静かにしてもらえるならいいですよ。」
ドアを開けたところはスタジオ内ミキシング室で、ガラスの向こうに牧野が大きなヘッドフォンを耳にあて、ちょうど歌っているところだ。
この生声を発するやつを目の前にして、ようやく日本に戻った実感が沸く。
歌いながら顔を上げる牧野、その瞳が俺を捉えて驚きで大きく見開かれ、歌が終わるまで俺と牧野と交わされ続ける視線。
曲が終わり、牧野がヘッドフォンをはずし、こちらに来ようとしていた。歌いながら何気に見上げると、ガラスの向こうに美作さんが立っていた。
うそっ!!!どうしてここにいるの!!
会いたくて仕方なくて、私はとうとう幻を見ているのか?
うわっ、美作さんの髪の毛すごく短くなっている、向こうで切ったんだね。
いく筋か垂れている前髪から、ウェーブヘアだって気付くくらいで両サイドはほぼストレート。
はじめて見るショートの美作さんも素敵だ。
久しぶりに見る美作さんは、精悍さを増して男っぽい、まさに香り漂ういい男って感じで、ラフな服装の男達の中にいるせいか、格好良すぎて後光が差して見えるよ。
曲が終るや否や、私はヘッドフォンをはずして、美作さんの所へいこうとした。
スッ・・・
その時、大きな手が私の手首をつかんだ。
え?
振り返ると、亜門がじっと私を見つめていて、その瞳からは何も感じ取れない。
時間がとまったように無言で見つめ合う私達。
手をつかまれたまま、振り払う気にならなかった。
覗き込めば、亜門の心中が見えそうで、見てあげたいと思ったからだ。
「亜門・・・。」
手首をつかんだ手に、さらに力が入り亜門の胸に引き寄せられる。
麝香の匂いが鼻をかすめた。
この温かい胸に何度も救われたんだ・・・感謝しても足りないくらいだよ、けれども、違うんだよ。
頭の中で色んな思いが駆け巡り、固まってしまった私の体が引っ張られたと思うと、美作さんが亜門の胸倉をつかみ、拳で頬を殴る音がした。
「キャー!」
地面に座り込んでいる亜門に向かって、大声で怒鳴る美作さん。
「貴様、どういうつもりだ!」
「見た通りだ・・・。」
口の中の血を腕でぬぐいながら見上げる亜門。
「牧野は渡せない。何があってもな、わかってるだろうが。」
「ふっ、やっと来たな。」
「牧野には、バンドは辞めてもらうつもりだ。ここには置いておけない。」
「じゃ、連れて行けよ!ちゃんと、お前の側に置いてやれよ!」
「もしかして・・・、お前、わざと仕向けたのか?」
「こうでもしなきゃ、お前は思い切って動かないだろ。」
亜門が私のためにワザと演技して、美作さんを連れてきたという事なの?
引き合わせる企てなんか、さらりと出来てしまいそうな大人の彼(ヒト)。
美作さんは私の方へ向き直り、焦茶の瞳で私を見つめ、両手首をつかんで言った。
「牧野、ずっと俺の側に居てくれ。
悪いが、バンドはあきらめて欲しい、頼む。
これ以上待つのは認めない!少しも離れていたくないんだ。
なっ?いいよな、ずっと側に居ろ!分かったか?牧野、首を立てに振ってくれるよな・・・?」
美作さんのストレートで強引な頼みにもかかわらず、ぽろぽろ流れ出す涙を気にせず素直に頷く私。
この後のことなんか何も考えられなかった。
ただ、美作さんの言葉が私の心をいっぱいにして、開かれた扉から彼への愛が流れ出た感じだった。
美作さんが嬉しそうに私の体を引き寄せ抱きしめる。
大好きなフローラル系の香りに包まれるこの時を、この5ヶ月間待ち望んでいた。
私の幸せはここにあると五感がうるさいくらいに主張する。
甲斐さんが、微笑みながら助け起こした亜門の背中をなぜていた。
「じゃあ、つくしちゃんへのキスも演技だったわけ?亜門に皆だまされたって事か。」
甲斐さんがつぶやく。
「いいや、花沢って奴は気付いてたぜ。」
「「えっ、(花沢)類が??」」
亜門の言葉に、美作さんと私は顔を見合わせた。美作さんとは後で屋敷で落ち合う約束をし、スタジオでの仕事を優先した。
スタッフが用意してくれた缶コーヒーを亜門に渡しながら、部屋の隅まで亜門を引っ張り礼を言う。
「亜門、傷、まだ痛む?」
「これぐらい平気だから、心配するな。」
「本当に、色々、ありがとうね。」
「あぁ・・・、余計なお世話って言わないんだな?」
「まさか・・・感謝してるよ。
亜門は気付いてたんだね。
なんだかんだ言っても、ずっと割り切れない気持ちを引きづってたこと。
さっき、美作さんに“ずっと側にいろ!”って言われて、憑き物が取れたように答えが出たよ。」
「イヤという程な・・・。お前の涙は見飽きたところだし、お節介を焼いただけだ。」
「亜門には、私がどうするか見えてたりしたわけ?」
タバコを取り出して火を付ける亜門。
吸い込む拍子にタバコの火は真っ赤にメラメラ揺れて、白く長い煙を吐き出すと、亜門が再び口を開く。
「さあ、どうかな・・・・。
お前は、断ろうと思えば断れたんだ。
なのに、断らなかったのは事実だろ?
それが、一番大事なものだからで、成るように成ったというだけだろうが。 答えは、牧野にしかだせないんだからな。」
「うん・・・亜門、もう一度ハグしてくれる?」
「ん?俺でいいのか?」
亜門はタバコを指にはさみかえ、腕を広げてくれた。
胸に飛び込み、しっかり亜門の体温を感じる。
「あのね、私、亜門のハグが大好きなの。
美作さんの代わりと思ったことは一度もないからね。」
「つくし・・・、いつでもハグくらいしてやるから、美作に飽きたら飛び込んで来い!」
亜門の言葉が嬉しくて、精一杯感謝しながら笑顔を返した。
つづく -
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亜門のお陰で、頭でっかちに悩んできたことがものの見事に解決した。
今の立場を捨て、美作さんの元へ行く決心をしてからは、残りの仕事を一つ一つ丁寧にこなす毎日を過ごしている。
私の家は、貧乏で電卓をたたいてはどこからかお金が湧き上がってこないかと、夢見る毎日だった。
でもパパやママからもらった愛情は、私が他人に誇れる永遠の財産。
どんなにお金持ちでも、買うことはできない。
親の背中を見て子は育つ・・・、愛する彼(ヒト)との間に子供が授かるのなら、
その子にもちゃんと伝えてあげたいと、わたしのDNAがいう。
暖かい家庭の中で、せめてその子が小さいうちは側に居てやりたい。
小学校三年生の時、書いた『私の将来の夢』
パパやママを楽にしてあげること
あの頃のことを思い出すと、校舎の匂いがするようで胸がキュンとする。
大好きだったパパとママを楽にしてあげて、それから・・・・書けなかったけど
続きがあったんだ。
お嫁さんになること
道明寺と付き合っていなければ、亜門ともめぐり会うことはなかった。
小学校三年生のときからの夢が、美作さんにつながるまでを思うと、
人間が図り知らない摩訶不思議な運命の糸が、幾度も流した涙の中にも
存在して、時が熟したからこうして見えるようになったんだね。
夢なんかかなうものじゃないって思ってたけど、
私の人生まんざらじゃない。
音を創作する喜びのおまけまでついて、夢が現実になろうとしている。
このおまけだって、おばあちゃんになった時、「バンドのヴォーカルしてたのよ。」って
孫に言ったら話が盛り上がらない?
英徳では、F4のまとめ役で、一番目立たなかった美作さん。
バランスと調和を何より大事にするあまり、損な役回りを引いてきただろう。
そんな彼の喜びとちょっぴりの苦悩が手に取るようにわかるから、
側に居て優しくなでてあげよう・・・私が、嬉しいと思うことをしてあげる。
ずっと前から私のことが好きだったと言ってくれたけど、いつからだったのだろう。
時折見せていた仔犬のような瞳は、きちんと語っていたと言うのに、
鈍感な私はちっとも気付かなかったよ。
花沢類は、そんな彼のことを“苦労症”って揶揄してたっけ・・・。
それを苦労と呼ぶのなら、これからは二人で分け合っていきたい。
イタリアに行ったら、美作さんの側で一緒にご飯を食べていっぱい話そう、それから、手をつないで公園を散歩して同じ木を見上げよう。
そして、子供を授かったら、一緒に育児書を読んで、子供の未来を想像しては、
「親バカだね・・・。」って笑い合うの・・・。
そして、子供が無事生まれたら、美作さんと一緒に零れ落ちるくらいの愛情を注ごう。
そんな暖かい家庭を築くことが今の私の夢。
きっと色んなことが待ち受けているだろうけど、側に彼がいてくれるなら、
すごく安心するから怖いものなんてないって思う。俺は、若さ・美貌・家柄・金・未来を苦労も無く手にし、F4としてちやほやされていた。
女は向こうから寄ってくるもので、年上の極上の女がその絹のような肌を寄せてきた。
“この世にある自由恋愛を謳歌しまくる“
それは、ジュニアの運命を受け入れる覚悟だったから。
他人を動かすことがあっても、動かされることはなかった俺らF4が、
地面を突き破って出てきた春のような女にガツンとやられる。
それまで俺たちの忠告を一向に聞かず、女をさんざんクソ扱いしていた財閥ジュニアの司がその女に恋をした。
俺らは興味津々で、実る可能性がゼロに近い司の初恋を応援し、
二人の恋が宿命という箱から飛び出し強くはばたく姿に自信を投影し、かすかな希望を見出し始める。
凝り固まった概念は、不思議なほど希望にかわっていった。
砕いた奴は、 ー牧野つくしー。
駆け引きのない素直で強い心で、俺たちに宣戦布告した女。
細く折れそうな体のどこからか湧き出る瞳の強さと輝く笑顔を見せる女。
そいつは、俺が幼稚舎の頃からずっと心に巣食っていたコンプレックス、他のやつらみたいに光れない寂しさ・悲しさを一瞬にしてベロリとはがし、輝くような笑顔を俺の心に刻み付けて立ち去った。
恋をしないほうが、おかしいに決まっている。
牧野を女として見始めたのは、忘れもしない4年前の満月の夜。
月の光が牧野の白い肌に反射して、俺の心臓をぶち抜いた。
なあ、牧野、俺はなんて間抜けな奴だったのだろうか・・・。
誰よりも感情を上手く制御できると思っていたのに、肝心なときには、
自分の気持ちも汲み取れないほど、不器用だったんだぜ・・・。
でも、そんな俺をも、ちゃんと見てくれるのだろう?
またそのとろけるような笑顔を見せて、
伸びやかに、「美作さん、大変だね・・・」とか言って。
もし、運命の糸が神の手によってめぐらされたのならば、その神の信者となり、
感謝し続けて一生を捧げよう。
牧野がもうすぐ妻となり、俺の側にいてくれる。
それがどれだけ俺に力を与えるか知っているか? 牧野・・・。
例え天地を揺るがす激戦も、猛者の覇気を撒き散らし怯むことなく前へ行く、鼓動が最後の鐘を打つまで 戦い尽くす。
それを満月の男の輝きと呼べるのは、太陽が輝いている間だけ。
牧野の笑顔を守り通そう。
誰もが魅了される笑顔に一番近く居ることを許された番人の責任。
そして、もし可愛い子供に恵まれたら、俺はどうなっちまうのか・・・。
くそっ、ニヤついて考えがまとまらない。
牧野、きっとお前が俺を良い父親にしてくれるのだろうな・・・。
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日本からイタリア支社に戻り、真っ先に手をつけたのがエミロン社との業務提携に関する仕事だった。
「ふぅ~、結局、はめられたってことか・・・。
本当にお前は策士だよな、類。 感心するぜ・・・。」
「気に入らないのならいいよ、別に・・・。なんなら、牧野と交換する?」
「するわけ無いだろ! 分かったから、とっとと持って行け!50・50だからな!
それだけは譲れない。俺がイタリアに留まり頑張った報奨なんだからな。」
ニコリと牧野が名付けた天使の微笑みを浮かべる類。
亜門の行動の意味を類が本当に知っていたのか尋ねた俺に返ってきた答えは、びっくりするような話だった。
言葉にするだけで胸糞悪くなるが、スタジオで亜門と牧野がラブシーンを繰り広げた時のこと、
まさにその直前、類達の姿を亜門がちらりと捉えていたのを類は、見逃さなかった。
後日、亜門を呼び出し、真意を理解した類が引き継ぐ気になったのに、時間はかからず、そんな類に亜門は懐から取り出した例の写真を差し出したらしい。
一言「これを使え。」と・・・。
そして、類が計った通りに動いてくれた司。
NYの司に堂々と誓った手前、司からの叱咤が一番効果的に俺から冷静さを奪うことを計算に入れていた類は、俺の性格を知って筋書きを描いたわけだ。
もちろん、牧野のこと一番理解していると公言するほどの奴だから、
目的は太陽のような笑顔を守りたかったのだろう。
けれども、ちゃっかりエミロン社の業務提携に乗っかるつもりでいたなんて、なんて奴だ。
「あのさ、国沢はあの写真をずっと持ち歩いていたみたいだったけど、返してあげる?」
そうなのだ。国沢亜門という男は、好きな女のために汚れ役を引き受けた。
類にしても亜門にしてもこいつらなら、遠距離恋愛でできた小さなクレバスを前に竦んでいた牧野を強引に奪うこともできただろう。
けれど、俺たちを結びつけた。
全て牧野の幸せのためと。
こいつらの思いを裏切らないためにも、俺が牧野を幸せにする。
「返すわけがないだろ!」
「うん、そうだよね・・・。」
俺は、青池和也 現青池コーポレーション本社不動産部門総括マネージャー 兼 名古屋副支社長。
英徳を卒業後、親の会社に入社し、悪戦苦闘しながらも周囲にかわいがられ助けられて、ようやく認められ始めた今日この頃だ。
恋人の由貴子ちゃんとは順調に交際が続いている。
が、今日は由貴子ちゃんを日本に残して、はるばるフランスのパリに来ているというのに、なんだか泣きそうな気分だ。
「いつの間にこんなことになっていたんだよ~?俺は、全然知らなかったぞ~。」
「和也、そう落ちんなって・・・。類、何とか言ってやれよ。」
式服に身を包んだ西門が、花沢の方をちらりと見やる。
「 ・・・。 」
「なんだよ、何も教えない気? プロムのパートナーはお前だったのに、美作にとられちゃったから拗ねてるんでしょう? 」
「・・・ ぅるさい。」
トントン とノックの音とともに、道明寺と今日の主役美作が入ってきた。
道明寺は、黒のディレクタースーツで一段と貫禄が付いて見える。
新郎の美作は、白の長身に映えるフロックコート。
立襟にシルクの蝶ネクタイ、胸元に光るポケットチーフが勲章のようで、目がチカチカする。
「おい、美作、つくしちゃんといつから付き合ってたんだよ?!
なんで、一言も言ってくれなかったの?」
つくしちゃんは、まだ小学生だった頃からの大事な友達で、僕にとっては初恋の彼女だし、好きな人と幸せになってくれることは本当に嬉しい。
けど、仲間だと思っていた美作と結婚するという話は、招待状を受け取るまで知らなくて、蚊帳の外だったのは納得できない。
「おう、和也、牧野から何も聞いてなかった?」
シラ~と機嫌良さそうに言う美作のやつ、頭来る。
「何も聞いてないよ、ふん。」
「久しぶりじゃねえか、和也・・・。
そんなに熱くなるな、相手が牧野なんだから予測不能だし、あいつスゲぇ幸せそうに話してたぞ。何よりじゃねえか・・・。なあ?」
道明寺は、そう言って僕の背中を大きな手でバンとたたいた。
「司、牧野と話したの?」
「おう、電話でな。類、お前にはまんまと騙されたけど、結果all rightだからよ、いいんじゃね?
あいつ、“絶対、幸せになる!”ってきれいな声で言ってくれて、まるで見えるようだったぜ・・・ふっ。」
「よかったね、司も踏ん切りついたでしょ?」
「まあな・・・。」
道明寺は、つくしちゃんのことが好きでたまらなかったくせに、なんだか晴れ晴れした顔していて、F3に拳タッチして笑っている。
英徳の時みたいに、こうしてF4がスーッと集まって輪になっていると、やっぱり華があって、男の俺から見ても目が釘付けになる。
おっと、そう言えば、僕もF4の一員(?)だよね。
「ちょっと~、僕も輪に入れてよね!」
あわててかけ寄った。
「じゃ、そろそろ、花嫁を見に行きますか?」
西門が言うと、みんないっせいに微笑んでいた。
つづく -
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62.
まだ春薫る6月大安吉日のこの良き日、私は愛する人の元へお嫁に行く。
といっても、ここは日本から飛行機で13時間も離れた異国、フランスのパリ。
フレンチ訛りの英語がさっきから飛び交っている。
今朝、美作さんの隣で目覚めた時は、いつもの私だったのに、こうして鏡の前に座り、みるみるうちに花嫁姿に変身していく渦中の女性は誰?
デザイナーを選ぶ時から、美咲ママはもとより、滋さん・桜子そして静さんまで、一部強引とも言えるアドバイスをもらって、出来上がった素敵なウェディングドレス。
スケッチを見て一目ぼれしたホルターネックのデザインは、清楚で上品で、華やかでこれだ!と思った。
ドレスに身を包み、ベールを乗せられ、身ごろと同じ生地のヘッドドレスで飾られた髪は緩やかにウェーブがかかりきちんと結われている。
宝石は一切身に着けていない、それは、私のこだわり。
神様の前で、美作さんにリングを嵌めてもらうことに感動したいから・・・。
このル・ムーリス7階ベル・エトワールルームの絢爛豪華なまばゆさのせいか、鏡に映る自分が小さい頃夢見たお姫様みたいで、自分が自分で無いような錯覚に陥る。
露出された鎖骨から肩の華奢なラインが外から差し込む白い光に照らされ浮かび上がり、どこまでも女の体であると強調している。
いつの間に包まれることが似合う体になっていたのかと鏡に向かって何度も問うた。
昨晩、美作さんにすっぽり抱きしめられ一つになって眠ったことを思い出し、顔が紅潮する・・・。
トントン
「Oui, s’il vous plait」
カチャリ スタッフがドアを開けてもらうと、
亜門が顔を出したかと思うと、メンバー達とドアのところで固まっている。
「あっ、亜門・・・?入っていいよ。」
「つ・つくしだよな? ちょっと、俺、マジで息が止まったわ。」
ふふっ、亜門の動きがギクシャクしていてなんだか笑える。
「そんなにいつもと違う?ふふっ・・・」
甲斐さんに抱っこされた崇くんまで神妙な顔をしていたけど、皆、私をまじまじ見てからとてもきれいだとほめてくれた。
「つくしちゃん、白雪姫みたい。小人さんにしてもらおう~。」
調子に乗り始めたメンバー。
全員のスーツ姿も相当稀だけど、やっぱり私のほうがダントツに変身しているのだろう・・・と思いながら、ハル・修・甲斐さんからの祝辞をありがたくもらう。
さっきまでの雰囲気は消え、代わりに楽屋のノリを思い出した。
Revolution’sは個性の違うメンバーが集まって意見をぶつけ合い、音作りは真剣で気がぬけなかったし、緊張の連続だった。
だからこそ、毎回打ち上げはものすごく盛り上がって、お腹を抱えるほどたくさん笑いずっと突っ走って青春して楽しかったな、本当に・・・。
「おめでと! 幸せになれよ!」
亜門がニコリと口角をあげながら覗き込んで言う。
「ありがとう。 亜門・・・。」
夕凪のように穏やかな瞳を見つめていると、言い尽くせない感謝と寂しさがこみ上げてきて、鼻の奥がツーンとしてきた。
涙を茶化しながら、笑顔を引っ付けて言ってやる。
「亜門も、遊んでばかりいないで、モテるうちにいい人見つけなよ!
夢をあきらめないでいたら、叶うもんだね。
もう次の夢もあってさ、まだまだ高見の見物できないけど。
やっぱり、根っから貧乏性なんだ、私。」
「俺は、お前のそういう一生懸命なところ、結構好きだったぜ。
これからは、もう貧乏と無縁の生活になっちまうな。
お前の親父さん、小躍りして喜んでるだろう? ふっ。」
美作さんがうちの両親のもとへ挨拶に来たとき、確かにパパとママは台所で小躍りして喜んでいた。
美作さんに『お義父さん!』と呼ばれ、浮かれて調子に乗ったパパは、駄洒落連発、その上、踊りだしたから恥ずかしかった。
亜門とは、価値観が似ていてそのままの私でずっと楽だったんだ。
「亜門には、なんでもお見通しだったね。」
「だてに年を食っちゃいねえからな。」
「じゃあ質問、私は今、何をして欲しいと思っているでしょうか?」
私の瞳を覗き込んだ亜門の瞳が黒く輝き、笑顔が零れ落ちた。
ふわっ・・・・麝香の香りに包まれた。
「これだろ?」
その贅肉の無い身軽な動きで腕を広げ、私の落ち着く大好きなハグをしてくれた。
「正解。どうして分かったの?」
「理由なんかない・・な・・・。きれいな花嫁さんと俺がしたかったから。」
今まで、色んな思いを受け止めてくれた亜門の胸に惜別の思いを込めて囁いた。
「本当にありがとう・・・。幸せになるね。」俺たちは、夕方行われる披露宴会場ならびに今晩の宿泊施設であるパリの名門ホテル ル・ムーリスの豪華な廊下を進み、つくしのいる部屋の前へ来た。
当然、俺が一番にウェディング姿の牧野を見るものだと思っていたら、口々に反論する仲間達に開いた口が塞がらない。
「あきら、お前はこれからずっと一緒なんだから、これぐらい譲れ!」
「そうだよ、つくしちゃんの独身最後なんだから、僕が独占したいくらいだね!」
「誰のお陰で牧野とこうなれたと思ってるんだ? 感謝の気持ちを見せろぃ!!」
「あきら、俺に牧野と二人きりで話す時間、10分ちょうだい・・・。」
俺も含めてドア前で大の大人がジャンケン真剣勝負。
結局、勝った和也がドアを開けた。
「つくしちゃ・・ん・・・。」
突っ立ったままの動かない和也をよけて、皆でどやどや入っていった。
視界に入ったのは、revolution’sの男たちに囲まれた俺の愛しい牧野。
何??亜門と近いじゃないか・・・。
俺より亜門たちの方が先に牧野を見やがって、くそっ・・・。
男と言うのは、つくづく独占欲が強い生き物なのだと確信する。
心中穏やかではないが、俺の親友達が代弁するように文句を言い始めたから、収めようとする気持ちが働く。
「国沢~、牧野から少し離れろ!!なんで、お前らが先に牧野を見てんだよ?!」
「そうだよ~、折角、僕が一番につくしちゃんを見れると思ったのに・・・」
「おいおい~、男だらけじゃねえか・・・」
「・・近い・・・」
亜門達が、気を利かせて牧野がよく見えるように脇へよってくれた。
牧野は想像以上にきれいで輝かんばかりの美しさを放っていた。
目が釘付けになると言うのはいい得て妙だが、今の俺は視界から入ってくる刺激が強すぎて、手と足だけ何万光年先に持っていかれたかのように感じる。
「ま~きの。 すっごくきれい・・・。」
俺より一歩早く前に行く笑顔の類。
それに続く司。 和也もしかり・・・。
牧野の花嫁姿に興奮していて、新郎の気持ちに気付く奴はいない。
総二郎だけが、俺の肩をたたいてウインクするが、牧野の方へ行ってしまった。
牧野を中心に親友達が小突きながらも笑顔を向けて笑いあっている姿を見ると、俺の大切な奴らがああして笑ってくれているのが何より嬉しくてなんだか頬が緩む。
でも、待て、類、頬を触るな! そうだ、司、怒ってくれ!
総二郎、鼻の下伸ばしすぎ! 和也は・・・カメラを出している?
そこへ、バンドの奴らが俺に祝辞を述べに来て、一人づつ部屋を後にしていく。
最後に亜門が、俺の手をつかんで目を見据えて言う。
「二人で、幸せになれ!
あいつは、勇気を出してお前の世界へ渡って行ったんだから、後悔させるなよ。」
その言葉は娘を嫁に出す父親のように重く、身が引き締まる。
「はい。」
亜門に俺の覚悟がちゃんと届くよう真摯に返事を返した。
つづく -
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63.
ずっと憧れていたシャトーがパリから約50分のところにある。
遠くから見るとまるで湖上に浮かんでいるように見えて、その気品ある佇まいは永遠に女心をくすぐる。
“ 小ベルサイユ ”と呼ばれる愛称をもつシャトーの名は、シャンティイ城。
ウェディングドレスを着る場所は花嫁の嗜好を第一優先するべきだと美作さんがチャーター便を出してみんなをここまで連れてきてくれた。
この歴史的礼拝堂で式を挙げれるのは、花沢類の口利きがあったらしい。
私は今、緊張気味のパパと一緒に一枚の扉の前に立っている。
閉じられた扉は重厚感があって、扉がどんな音を立てて開くのか。
そして、扉の向こうに待っている世界はどんなだろうかとベールの中は次から次へと考え事で暇が無い。
目を閉じて今まで歩いてきた道を振り返ると、曲がり道・でこぼこ道・のぼり道といろいろあった。
深くて暗い谷底では、立ち上がるのにどれだけの時間を要したっけ。
でもここまで一本の道が紛れもなくスーッと続いていることが、奇跡のようで胸がいっぱいになる。
どの道を進めばいいのか、また、進むべきなのかありったけの頭をつかって選択しながら歩んできた。
どれもがこの場所につながる意味を持ち、これから先を歩む道も、決めた自身の責任なのだとこの大きな扉は語っているように見える。
かつて、この場所に立ち、人生の伴侶の元へ歩いていった多くのフランス王侯貴族婦人たちに、どれだけ真実の愛に恵まれた女性がいたのだろうか。
私は幸せ者・・・。
胸を張って、世界で一番愛する大切な人の元へ向かっていける。
今、静かに扉が開かれる・・・。
フラワーガールを希望していた芽夢ちゃんと絵夢ちゃんには、花びらの代わりに長いベールのトレインの端をそれぞれ持ってもらう。
厳かでひんやりした空気が肺に流れ込んだ。
私をまっすぐ見つめる焦茶の瞳に吸い込まれるように、一歩づつ前へ進んでいく。
大きな2枚のステンドグラスと祭壇の十字架が礼拝堂の風格を無言で語っていて、一歩踏み出すごとに木版に刻まれていくような妙な感覚。
白い式服に身を包んだ美作さんが、この中世貴族の絵の中にあまりにもぴったりはまっていて、脚がすく・・・む・・?あれ?
なんだか歩きくいと思ったら、パパの脚と手が一緒に出ていて安物のロボットみたいになっているよ。
ヤダ、パパ、緊張しすぎだよ!イタリアへ単身おもむき、この日のために一人暮らしに辛抱を重ねてきた。
重々しい扉が開いて、父親の腕にその細い腕を巻きつけながら、俺の元に歩いてくる世界一愛しい女とこれから神の前で永遠の愛を誓う。
儀式とはいえ、なんと歩みがのろいのか・・・。
早くここまで来い!
礼拝堂のバージンロードがこんなに長いと誰も教えてくれなかった。
でもお義父さん、お願いですから転ばないでここまで牧野を連れて来て下さい。
今にも転びそうなお義父さんに小声でなにやら話してる牧野達二人は、おもしろいけど危なっかしくて、俺の脚が動きそうになる。
列席者の中にも、今にも飛び出しそうなやつがウジャウジャいそうな気配。
なんとかようやく1m前まで近づいて歩みを止めた二人。
場内から安堵の声が聞こえてきた。
俺は、お義父さんの潤んだ瞳に向かって深々とお辞儀をし、視線を移す。
ベールで隔てられていても、その輝くような笑顔は俺の核に飛び込んで、健やかな明かりを隅々まで灯し始める。
俺の顔は、多分微笑みすぎて緩んでる。
ようやくやって来たな・・・。
左肘をあげると、牧野の腕がサッと父親から離れてスルリと俺の腕へと回された。
何もなかった俺の左腕にかかる牧野の細い腕の重さと温かさが嬉しくて、天にも舞い上がりそうな気持ちとはこういうことだろう。
二人して一段高い祭壇に上がると、フランス人神父が笑顔で迎えてくれた。
ステンドグラスから差し込む光に照らされた牧野の横顔に目を見張る。
女らしい額につづく鼻梁とバラの蕾のような唇につづく細い顎、それらが一連の曲線を描き、厳粛なる礼拝堂の中において一際気高く静謐の美しさをたたえている。
おれは、その美しさに目を奪われ、神父が声をかけるまで食い入るように見入ってしまった。
牧野は俺に純潔を捧げていて、もう既に女になっている。
はっきり言って、何度もやっている。
けれども、内面から湧き出る清々しい透明感と匂い立つような乙女のフェロモンを惜しげもなく放ち、
勝ち誇るかのように真っ白いドレスに身を包む姿は処女受胎のマリアの光臨なのか・・・。
俺は、牧野の前では完全な敗北者になる。
敗北者としてでも側にいさせてもらえるなら、それが俺の幸せなのだ。
神父の掛け声で向かい合い、ベールをあげる。
うつむく牧野の睫毛の影が消えたかと思うと、ひまわりが咲いたような笑顔を見せて俺を潤んだ瞳で見上げてくれる。
このまま強く抱きしめたい衝動を精一杯押しとどめた。
『 牧野、ちょっとそれ反則 』
指輪交換の後、ようやく牧野の唇に触れることを神から許され、牧野の腰を抱き寄せ何度も角度を変え、熱い接吻をした。
口紅なんかあとから何とでもなる・・・。
神経質な俺らしくも無い行動に、旧友は苦笑いをしていることだろう。式の後、絵に描いたように美しい城と湖をバックに全員で記念写真を撮った。
それから、なぜだかT3に続いて司・類・総二郎・和也まで牧野とにっこりツーショットの写真を撮ってもらって、全くあつかましい奴らだ。
でもあいつらのお陰でここに居るという感謝を忘れるまい。
不機嫌の代わりに新郎の余裕の顔を無理矢理はりつけた。
このとき、許したことが後々まで響くとは思いもよらなかったが・・・。
シャンティイ城での式を終えて、再びパリのル・ムーリスへ戻った。
夕暮れ時に、身内だけの披露宴をホテルのレストランで行うので、それまでにシャワーでもゆっくり浴びたかったのだけど、私たちの部屋に美咲ママと健一パパが居座ってしまった。
「つくしちゃん、すっごく素敵なお式だったわ~、ねえ、健一さん。
あんな素敵な古城での結婚式もいいものねえ。 とってもロマンチックで・・・。」
シャンティイ城がひどくお気に召した美咲ママの興奮した声に柔らかい笑顔で頷く健一パパ。
「つくしちゃんとあきらちゃんが並んでいると、絵の中に入ってしまったみたいで、感動しちゃったのよ~。
そうだわ、私たちの金婚式をあげたいわ~、う~ん、ちょっと先すぎるかしら。
銀婚式は過ぎちゃったから、その次は何だったかしら、 ねえ、あなた?
お城もゆっくり見てみたいわ。健一さん、明日、連れて行ってくださらない?
美術館もあるらしいし、あなたのお好きな競馬場もあるんですってよ。 」
「美咲ママに気に入ってもらえて、本当に嬉しいです。
私も、あんまり素敵なお城だったので夢のようでした。
私のわがままを聞いていただいて、なんて感謝したらいいのか・・・。」
「つくしちゃん、そんな他人行儀な事は言わなくていいんだよ。
もう、あきらのお嫁さんなんだから、私たちの娘だ。
それに、今日のつくしちゃんはあきらにはもったいないくらいきれいだったよ。
久しぶりに美しい花嫁が見れて嬉しい・・・。わっははは・・・。
それから、美咲、銀婚式の次は、真珠婚式だったね。」
健一パパはそういって、美作さんと同じ微笑を美咲ママに向けた。
つづく -
eranndekuretearigatou64 64.
テーブルに残されたクランベリースコーンを口へ放り込み、足早にバスルームへ向かった。
白いガーターベルトと小さな下着を脱いで、シャワー・ブースへ入りコックをあける。
勢いよく飛び出す水滴すら夢のようで、洗い流す音が幻聴のように耳に響く。
白い湯気の中に礼拝堂の式が鮮やかに蘇り、再び感動で震えだす私の胸。
親切な神父様が、事前に英語で教えて下さった誓いの言葉は、既に私の体の一部となり息づいている。
汝は、その健やかなる時も、病める時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、
これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、死が二人を分かつ時まで、
堅く節操を守ることを約束しますか?
愛し合う者たちに尋ねる言葉でありながら、愛の泉で歌われる賛歌のように響く。
本番は、英語が一切なしで全てフランス語。
けれども、神父様は語りかけるようにゆっくり話してくださったので、理解するには十分だった。
「Oui, Je promets.」 ( はい、誓います。)
流暢なフレンチで答える美作さんの声が聖堂に響く。
母国語でなくても、ちゃんと私の胸に届いて感動で涙が出そうになった。
ちらりと私を見た美作さんの瞳が忘れられない。
意志の強さを漲らせ、神々しくも美しく、これをもって私を拘束すると明言し射抜くような瞳。
美作さんから伸ばされる何千本もの柔らかい触手に、体中ぐるぐる巻かれて縛られていく感覚が気持ちよくて安住の安らぎを覚えた。
男が神聖な場所で宣誓する姿は、近寄りがたいほど美しい。
旧約聖書のイブは、蛇に唆されて善悪の知識の木の実を食べたという。
神との約束を守る気高いアダムには、さすがの蛇も近づけなかったのかもしれない。
神父様から同じ問いが私に向けられる。
答えは一つ。
「Oui, Je promets.」
私の声は、驚くほどよく響いた。バスローブ姿でリビングへ出ると、美作さんにフワリとつかまえられた。
「一緒に、シャワー浴びたかったのに・・・。」
少し甘えた声で、私の首筋に息を落とす美作さん。
「ごめん、急いでいたから。」
こんな可愛い美作さんもすごく愛しくて腕を回して背中をなでてあげる。
美作さんは顔を上げ、私の半乾きの髪に指を入れながら、愛しそうに私を見つめた。
「牧野、俺らはもう夫婦なんだよな。
俺、まだ実感が沸かないわ・・・。」
「そうだね・・。でも、私、すっごく感動したよ・・・。
美作さんが、誓いますって言ってくれた時、涙が出そうだったの。」
「そう? 何度でも、誓ってやるさ・・・。
でも、俺のこと美作さんって呼ぶのはおしまい。
牧野、お前はもう牧野じゃないだろ?
それに、俺の事だって、いつまでも美作さんって呼べないだろ?
これから、ファーストネームで呼びあおうぜ。
つくし・・どうだ?」
ちょっと照れて話す美作さんが可愛くて、素直に笑顔で言えた。
「うん、あきら・・・いいね。」
微笑む美作さんの顔が近づいて、唇を重ねてきた。
舌が唇を割り、口内に入り込むなり舌を求めて追いかけられ、無防備だった唇は、生殖器のようにゆっくりジワジワと液体で濡れはじめる。
美作さんのものか自分のものかわからない唾液があふれ出し、乾いたのどに潤いを与える。
いくら飲み込んでも、火のついたからだにはそんな程度じゃ全然足らなくて、さらに激しい口付けへと進んでいく。
「あっ・・・・・、美作さん・・・。だめだよ・・・。・・・・が、来る・・・。」
雄の色で染まる美作さんの瞳に、壁まで追いやられ、バスローブの襟元をつかまれたと思ったら、一気に脱がされ、上半身があらわになった。
小ぶりな胸が空気にさらされる。
女の喜びを知った体は、大好きな香りに包まれ、その大きな手でもみしだかれるだけで、情けないくらい早く戦意を失うようになってしまった。
背の高い美作さんはぐっと腰を曲げて、左胸の頂を口に含める。
右胸も執拗に攻めたてられて、足から力がぬけて、そのまま壁づたいにズルリとしゃがんでしまった。
「牧野・・・、少し休もうか?ベッドで。」
ニヤリと笑いながら、上から見下ろす愛しい男。
「・・・うん。」
ベッドに運ばれ、まさに組み敷かれた時、
ピンポーン
「あっ、来た!」
「ちぇっ、嘘だろ。
しょうがない、続きは後だ。つくし」
そういって、美作さんは私のバスローブを整えてくれた。それから、サロンの人にあれよあれよと言う間にメイクアップをしてもらいドレスに身を包んだ。
胸元には、この日のために美咲ママからの贈られたダイヤxルビーのネックレス。
ヘアーは緩やかにアップされ、ほつれ毛の横でネックレスとおそろいのイヤリングが揺れている。
目が覚めるような真っ赤なシルクのドレスは、美作さんと一緒に選んだもの。
新しい世界への旅立ちに、赤の強さから勇気をもらえるかと、思い切って選んでみた。
デザインは体に沿ったロングドレスで、スパゲッティのように細い紐が胸の膨らみの上あたりから肩を通って背中で大きくクロスを描いている。
リビングへ戻ると、美作さんは光沢あるダークグレイのスーツに着替えて、ソファーに座っていた。
「お待たせ・・・。どう?」
クルリと一回転してみた。
「赤いバラの花びらが舞っているみたいだな・・・。
牧野、すごくきれいだ。」
紳士的に頬杖をつきながら、すごく嬉しそうな顔で微笑む。
”貴方に会うために私は生まれたのよ。”
時が来て、ようやく花ビラが開き姿を現したような、湧き上がる自然な言葉だった。。
つづく -
65.
俺は、バラの花びらを味わいたい気持ちをぐっと抑え、牧野の手をとった。
エレベーターホールまでいくと、ちょうど総二郎・司・類たちとばったり出くわした。
「おっ、牧野、スッゲー女っぽいじゃん!」
「またからかってるんでしょ? 西門さん!」
「お前、今日くらい素直に受け止めろよな!」
「急には無理! でも、一応、あ・ありがと・・・ね。」
総二郎が冗談で言っていると思い込んでいる牧野は、照れ隠しか視線をはずして返事した。
エレベーターの中に乗り込んだ俺たちの前に背を向けて立つ牧野。
この密室は上部鏡張りで、明かりは蛍光灯が装飾的に使われている。
明かりの下、牧野の透き通るように白い背中は、絹のようにきめ細かくなめらかに輝いている。
触れると吸い付いてしまうかのようにしっとりとした弾力を感じさせ、誰もが触れたくなるだろう。
真っ赤なドレスの紐が大きくあいた背中の上でクロスしてなんとも官能的だ。
色白の牧野によく似合うと思って選んだ赤だが、想像を超えていた。
アップされて現れたそのか細いうなじには、ダイヤのネックレスが輝きを添え、うぶ毛の輪郭が光を放ち、
めまいがしそうなくらい女を感じさせるから、否応なしに俺の下半身が疼き出す。
横にいるあいつらも全員牧野の後姿に目が釘付けになって言葉を失っている。
総二郎は、生つばを飲み込んでいる。
類は、夢見るようなまなざしだが、ずっと熱い感情を抱いているのが伝わってくる。
司は、苦しそうな表情すら浮かべている。
俺は、左手をゆっくり動かした。
視線の集まる牧野の美しい背中へと・・・。
泡立てた石鹸のように滑らかな肌の上で、やさしく撫でて遊んでみる。
そして、あいつらにチラリと視線を送った。
総二郎と司が同時に「チェッ・・・」と舌を鳴らして、類は視線を逸らした。
こいつだけは、何があっても譲れない物だから容赦は無しだぜ。
これくらいの牽制は、新郎の挨拶だろう?披露宴の場所は、ホテルの中のレストラン。
レストランといっても、フランス最古のホテルだけあって、かつてピカソとオルガの結婚披露宴にも使われた歴史ある場所であり、
その装飾は美術館並みに素晴らしい。
大理石の壁の間にはめられた大きなアンティーク調ウィンドウ。
青空と天使を描いた天井のフレスコ画に感嘆すれば、同じく天井からぶら下がる見事なシャンデリアに目を奪われる。
披露宴といっても、スピーチやキャンドルサービスといったものは一切なく、式に参列して下さった方を招いた会食のようにざっくばらんにしたかった。
道明寺が、乾杯の音頭をかってでてくれた。
「本日は、あきら君・つくしさん・並びに両家の皆様、まことにおめでとうございます。」
道明寺が、まさか私の結婚式で挨拶をしてくれるなんて想像もしていなかった・・・。
「・・・・というわけで、新郎のあきら君にはどれだけお世話になったかわかりません。
そんなあきら君には、ここに居る誰もかないません。
あきら君は太陽のような伴侶を得て、宇宙一幸せ者です。
つくしさんも、きっと幸せになれる・・・。
俺は、二人の門出を心から祝福します。
では、乾杯したいと思います。グラスをご用意ください・・・。」
心から祝福しますと言ってくれた道明寺。
若かったあの頃の恋愛をどうやって消化したのかわからない。
けれども、大人の挨拶をする道明寺がやけに男らしく頼もしく見えた。
太陽が昇っては沈む世界に住む限り、良くも悪くも変化のない生き物はありえない。
道明寺のことを思い、涙したことが消えるわけではなく、形をかえ記憶として心の引き出しに大切にしまっている。
そんな私を、引き出しもろとも全身全霊で愛してくれる美作さん。
私も、そんな彼を慈愛の心で愛したい。
それは、私の愛し方だってちゃんと成長したってことだと思う。
愛し愛される自信なんて薄っぺらな人生だと生まれるものではない。
たくさんの心の引き出しを持ってこそ、しなやかに豊かな愛を知ることが出来るのだと思う。
だから、昔愛した男の成長を喜び幸せを願って止まないし、それが最高に昇華した形だと信じている。そして、食事のコースも終盤を迎えた頃、亜門とハルがアコースティックギターを取り出して、なんと私の自作曲ばかりをメドレーにして奏でてくれた。
ライブやコンサートで歌った時の様子や曲を書いたときの想いが、走馬灯のように蘇り、感動して涙がポロポロこぼれた。
亜門とハルの演奏が上手だからか、自作の曲ながら、名曲に聞こえる。
誰もが、静かに耳を傾けている。
流れる音が心にしみる。
音楽ってやっぱりいいな・・・好き。
瞬時にして気持ちをどこへでも運んでくれるし、その時々で感じ方も変わるんだ。
見慣れたはずの亜門とハルの弦を押さえる指先が見とれるほどきれいで、
私は魔法をかけられたお客さん。
馴染んだメロディーは、すっかり彼らの音色に生まれかわって、嬉しくもありちょっぴり寂しく感じた。
こんなに上手く演奏してもらえたら、作者冥利に尽きるよ・・・。
涙を流す私に、美作さんがそっとハンカチを手渡してくれた。
つづく -
eranndekuretearigatou66 66. venezia
私達の新婚旅行もここが最終地点。
イタリア南部シチリア島から色んな観光地をめぐってきたけれど、ここは全くの別世界。
迷路のように細い石畳の道、みっちりと隙間なく並んだ派手な洋館と素の建物の混在、ここにはどことなく海の香りを含んだ湿った空気がのっかっている。
水の都:ヴェネチア - 侵略から守るために築かれた稀に見る湿地要塞。
自動車は乗り入れ禁止だから、愛車マセラッティをローマ広場においてきた。
乗り物は、いきなり水上タクシーと水上バスになる。
「つくし、おいで!」
小さな桟橋に横付けされた水上タクシーから、あきらに先導されてヨロヨロ降りた。
「何、ここ?」
「ここが、今晩の宿。」
「え?」
新婚旅行中だからでもないけど、今まであきらが連れて行ってくれたホテルはどれもすばらしく立派だったのに、ここは何もかもがうっすら汚れている感じがする。
細くて暗い石畳の道を、ボーイさんが台車をコロコロ押して前を歩く。
なんだかテーマパークのアトラクションみたいでドキドキするから、あきらの手をぎゅっと握って付いて行った。
驚いたのは、チェックイン後、通された私達の部屋。
広くて清潔で洗練されていてとっても豪華、外と中があまりに違うのだ。
「あきら、ちょっとびっくりしない?中はすごく素敵な部屋なんだね。」
「一応、ここも五つ星クラスだからな。 ヴェネツィアは土地が無いからしょうがないんだ。でも、飯は最高だから楽しみにしておけよ!」
「あっ、そうだ、ここヴェネツィアでしょ?ガラス製品のお土産買わなきゃ。」
「欲しいの?」
「う~ん、別にそういうわけでは無いんだけど、せっかくだし・・・。」
「クスッ、また出たな。 つくしの“せっかくだし・・・”。」
「だって、新婚旅行だから思い出に残るものが欲しいじゃない。」
「はいはい、OK。」
ニコリと微笑むあきらは、結局、なんでも最後は折れてくれる。
ベッドの上では、あんなに・・・なのに・・・/////////。
それから、思い出したように、カフェに行こうと私を誘う。
狭い道をくねくね通って、大きな広場をズンズン横切って、広場に置いてある空いたテーブルを見つけるとようやく振り返ってここだと目線で告げた。
「あきら、ここ、すごい観光客だよ。どうして?」
「このカフェは世界最古のカフェらしいぞ。これも、旅行の思い出になるだろ?」
椅子の背もたれにどっかり背中をつけて、首をかしげて言うあきらは、やっぱり日本人離れしてチャーミングだ。
ウェーブがかった髪の毛は、ワックスで固めて太い首の横で遊ぶようにはねている。
額に落ちた前髪はセクシーに揺れていて、男の色気ってこういうものなんだな・・・と呆けてしまいそうになる。
どこへ行っても、ちらちら女の子の視線を感じていたけど、これじゃ見られるのも無理ないよ。
見ようによっちゃ、フェロモンばりばりのイタリアンジゴロみたいだもの。
もしかして、仕事先でもすごく誘われるのかな?
「あ、そうなんだ・・あ・ありがとう・・・////。」
「何、飲みたい?」
「じゃあ、オレンジジュースを。」
「ジュース?」
「あとで、食後においしいエスプレッソが飲めるでしょ?胃を休めてあげようと思って・・・。無いの?」
「いや、何でもあるはずだけど・・・。」
流暢なイタリア語で注文する姿も絵になっていて、こんな古いカフェより目の前のあなたの姿が焼き付いちゃうよ。俺は、観光スポットを押さえるとつくしが喜ぶのが嬉しくて、観光名所の記憶を引っ張り出した。
ここサン・マルコ広場は、全世界から観光客が集まり、やはり凄い人の数だ。
このカフェ・フローリアンは有名だから、もっとはしゃぐかと思ったのに、案外大人しくしている上、胃を休めようとしている新妻つくし。
「つくし、疲れた?」
「ううん。平気だよ・・・。」
「つらかったら、すぐ言えよ。」
「うん!」
そういって、俺の大好きな笑顔を見せるつくしが愛しい。
本当は、腕の中に閉じ込めて、ベッドの上で朝から晩まで独り占めしていたい。
こんな人ごみなんて来たくはないんだ。
ほら、言ってるうちにミニバンドがつくしの横にやって来たぞ。
「うわ~、こんな側まで来て弾いてくれるの?」
つくしがニコリと微笑むから、バンドの親父がつくしにぺたりとくっついて、満面の笑顔で演奏を続ける。
演奏が終ると、つくしの手をとり、図々しく手の甲にキスをしやがった。
ちぇっ!散ってくれ!
「ねえ、キスされちゃったよ・・・うふっ。なんか楽しい気分になるよね。」
楽しそうな笑顔が可愛いから、我慢だ俺!たかが、営業野朗の商売だ。
「あの人たち、いろんな人を幸せにしてあげるお仕事していて、やりがいあるだろうなぁ。ねえ、そう思わない?」
「え?あぁ・・・、そうかもな。」
「でも、どこからお金もらっているんだろう?まさか、ボランティアじゃないでしょ?」
「ふぅー、世の中つくしみたいに人の良い奴ばっかじゃないからな。 ちゃんと、このテーブルの勘定書にチャージされるの。大人二人だから、2000円ってところだろう。」
「うそっ、頼んでもいないのに?勝手に?」
「そういうこと。わかった?手、洗ってくる?店の中にあるよ。」
店の入り口を指差してやった。
「・・・・なんだか、あきら、怖い。」
まったく、こういうところは鈍感なままかよ。
「もしかして、妬いてくれてる?」
下から見上げるように聞いてくるつくしの顔を見ていられずに、そっぽを向く俺。
「うふっ、嬉しいよ・・・あきら、妬いてくれてありがとう。
このお店、すごくいい思い出になったかも。
本当に、来てよかった・・・。」
そういって、とろけるような笑顔を見せてくれるから、やっぱりここに連れて来て良かったと思った。そのあと、細い路地にぎっしりとお店がある通りを歩いた。
夕食に連れて行ってもらったお店は、人気店らしく観光客でいっぱいで、どれもこれもとってもおいしかった。
「な?言った通り、おいしいだろ?」
何もかもが満たされているという感覚。
お料理だけじゃない、この会話も、このお店の匂いも、人の声も全部がおいしい。
あきらと一緒に過ごす時間は、心が満たされて、テーブルの上を虫が横切っても楽しくて心躍る。
おいしいイタリアンワインが身も心も火照らせた。
「つくし、もういい?じゃあ、行こう。」
そして、連れて行ってくれたところは、サンマルコ寺院の階段をのぼったテラスだった。
日中座っていたカフェは、あの喧騒と熱気が嘘のように静かに息を潜めている。
あれだけ人が居た広場には、今は人影がまばらで、また明日のために微風がそよそよ吹いている。
アドリア海を見ると、小さな明かりがいくつも海面を照らし、ゆらゆら揺れる小舟と対岸に立つ教会の影がうっすら見えて幻想的な美しさだった。
ヴェネツィアの複雑な歴史が創り出した悠久の美を目の前に感動で胸がいっぱいになった。
「 きれい・・・。」
気付いたら、涙が頬を濡らしていた。
ただでさえ幸せでいっぱいの私の胸に、この圧倒される美しい景色と頬をやさしく掠める海風が入り込んできたから、涙腺がゆるんでしまったみたい。
「 つくし・・・?」
あきらが、ふわりと背中越しに私を包んだ。
大好きな香り・・・。
優しいあきらの腕の中にいると、このまま永遠に時が止まってしまえばいいのにとさえ願ってしまう。
「あきら、私、すごく幸せ・・・。」
あきらに背を向けたまま、思いを声にのせた。
「これからじゃないのかよ、幸せになるのは。」
「うん、そうなんだけど・・・。
今まで生きてきた中で、こんなに幸せって実感したことなかったから。」
「つくし・・・。こっち向いて。」
あきらの腕の中でくるりと体を動かし、顔を上げて濃茶の瞳を見つめた。
アドリア海を映したように、美しくゆらめく光を宿した瞳に見つめられた。
「二人で幸せになろうな。」
胸がいっぱいで言葉にならない。
コクリと頷くと、あきらは強く私を抱きしめて、大きなため息をついた。
「俺・・・、幸せに溺れそう。」
なんだか、あきらが溺れるなんて、おかしくて笑ってしまった。
「なんだよ、おかしい?」
「うん、ちょっとね・・・。」
「つくし、笑わない・・・」
そう言って、その唇で私の唇を塞いだ。
舌は私の舌と深く絡まり吸い合って、待っていたかのように心地よい感覚が体を駆け巡る。
体の芯がとろりと蕩けて行く。
『あきら・・・、早く一つになりたい』
唇を離したあきらが、頷いたように見えたのは気のせいかもわからない。
けれども、あきらは私の手を取って歩き出した。
あきらの手はとても暖かくて、この手さえ握っていれば本当に幸せだと思えた。
他に何も要らない。
何も見えない。
二人で過ごす夜は始まったばかりで、誰も邪魔する人はいない。
アドリア海は、幾度愛する男女の囁きを飲み込んできたのだろう。
埠頭に立つ守護神聖マルコ像は、私達の後姿もそっと見送ってくれた。
つづく -
eranndekuretearigatou67 67. 最終回
― 3年後 -
「 ただいま~ !」
「ママ~、 おかえりなさい~ !」
「はい、ただいま、崇」
「あ、みなさまもおかえりなさい!!」
ニコリと可愛い笑顔で迎えてくれた甲斐家長男。
滋さん譲りで人見知りもせず社交的な子だ。
「「「 ただいま。 」」」
両手いっぱい買い物袋を抱えた滋さんに子犬のようにまとわりつく崇くんと戦利品の報告をしている滋さん、前を歩く仲良し親子にちょっと圧倒される。
「先輩、私、荷物を部屋に置いてきます。」
桜子がそういうと、優紀と滋さんも買い物袋をカタカタ鳴らしてついていった。
ここは、イタリアにある私とあきらと一歳になる息子の居城。
バタン
「ただいま!」
「おう、おかえり。」
リビングの大きなソファーにすわり、お腹の上で愛息誠一を遊ばせている旦那様。
横には、片手を上げて迎えてくれる道明寺、西門さん、花沢類が微笑んでいる。
何故に居る?御三人方・・・。まあ、びっくりもしないけど。
私たちは、イタリアで感動の結婚式をあげてから、日本でも披露宴をあげた。
新婚旅行はイタリア国内をのんびりドライヴだったから、トンボ帰りしてそれ以来、日本に一時帰国すらしていない。
イタリアは、本当に見るところがいっぱいあって、愛車マセラティで南部シチリア島まで行った。
途中、ローマで2泊。シチリア島でのんびりして3泊だったか?
そして、「ナポリを見て死ね」と言うじゃない?とナポリにも寄ってもらって3泊くらいした。
カプリ島の青の洞窟は、言葉に出来ない美しさで、実物を見ておいてよかった。
それから、フィレンツェ・ベニスとイタリアの主な観光地をめぐって戻ってきた。
私にとって、ミラノ郊外にあるこの屋敷で過ごす毎日も、誠一が生まれるまでずっと新婚旅行気分だった。
休みになると二人で美術館へ行ったり、ジェラートをつつきあったり、周りを気にせず家の外でもベッドの上でもまったりと・・・。
わざわざ遠くへ出かけなくても、二人で手をつないで公園を散歩するだけでも嬉しかった。
ここは異国だし、ナント言っても結婚している二人だし、変装などせず羽を伸ばせる。
遠距離恋愛で寂しかった分、ふたりで幸せボケするんじゃないかと思うくらい、思い切り甘甘な時を堪能した。
そういえば、ようやく「最後の晩餐」も見ることが出来たんだ。
そんな私達の噂を耳にしたT3とF3達が、幸せを分けてとばかりに毎年、夏になるとやってくるようになったのだ。
道明寺は、すぐに婚約者と結婚式をあげ、ただいま奥様は出産のため里帰り中とのことらしい。
道明寺の結婚式で初めてみた奥様は、聡明な印象で正直安心した。
ミラノ近郊にコモ湖という別荘地で有名なところがあって、
一目見て気に入った道明寺がコンドミニアムを購入したのは、生まれてくる子供と家族一緒に過ごす未来を描いてのことだと思う。
明日は、みんなでコモ湖へ遊びに行くことになっている。
花沢類は、美作商事と業務提携している会社があるとかで、時々ここに来て泊まっていくから、花沢類用のパジャマと洗面道具は常に整えてある。
花沢類と二人でいると、時折、非常階段を思い出す。
多くの言葉を交わさなくても存在が優しくて、不思議と癒される。
高校生の頃はよくわからなかったけど、あきらとこうして男女の愛情を深めた今、花沢類の中には特別、何かが私とピタリと合う感覚をより鮮やかに感じる。
元来、ナイーヴな彼には私以外の人の物も、見えているのかな?
心の琴線に触れる微妙な線が・・・。
精神世界のテリトリーを絶対に犯さない私たちは、相性のいいソウルメイト。
時を経ても、心を閉ざさない限り、変らない関係だろうと思う。
最近、花沢類のお陰で楽しみが出来た。
私が花沢類と一緒に、会社から帰宅したあきらを迎える日は、ちょっと拗ねた顔する可愛い旦那様が見れること。
「俺は、まきのとあきらのキューピットなんだから、優しくしてよね。」
天使の笑顔付きでいわれると、あきらは無下に怒れないみたい。
そんなあきらを見ると、ぎゅっと抱きしめて安心させてあげたくなること気付いてるかな?
そして、西門さんはというと、どうも優紀とあやしい。
優紀は、西門さんにお茶を習っているだけと言っているけども。
あきらに聞くと、「まあ、放っておけばいいんじゃねえか。」と一言だけでつまらないし、今晩あたり、桜子とつついてみようかな?
バタン
「「「 ただいま~。 」」」
「ふう~、疲れた~!崇にいっぱいサッカーグッズ買ったよ~。
A.C.MilanとInterのユニホームをシンガードまでセットで・・・。
やっぱり、イタリアは買いたいものがい~っぱいあって、いいわ~。」
「そうですよね、桜子も、Armaniで買った皮のコートが気に入ってご機嫌です!Pradaも本店ならではの商品がそろってるし、選ぶのがほんと楽しいですよね・・・。
先輩はいいですよね、いつでもお買い物できるし・・・。」
「別に、私は、そんなの興味ないから・・・。」
「あれ~?Etroで色々買ってませんでした?
Intimissimiでも・・・。」
「あ~、ストップ! そ・そうだね、つられて買ったかな・・・」
もう~、桜子ぉ~、Intimissimiは人気のランジェリーショップ。
やっと授乳期が終って、可愛いブラが欲しくて選んでいたんだ。
私達の買い物談義を耳にするのは、毎度のこととF4は口を挟まない。
イタリア製の大きなソファーがまったくの背景となるくらい、華のある男達。
あいかわらず4人とも、ばらばらなのにまとまっているという印象なのは、やっぱりみんなが揃ってきれいからだね?
そろいもそろって、あのF4がここに座っているなんて、英徳時代を考えるとなんて豪華なお部屋なんだろう。
「つくし、さっき、亜門からFAX届いてたぞ。」
誠一を太ももの上で立たせ万歳させながら、教えてくれる子煩悩なパパ、あきら。
我が家でよく見かける光景だ。
「へぇ~、こうやってrevolution’sの曲が生まれてるんだ。」
「うん、私、また曲作り始めたの。甲斐さんから聞いて知ってた?」
「つくしの曲を編曲していた時に、部屋に入ったから、教えてくれたよ。よかったね、つくし。Revolution’sが売れる曲、お願いします! 」
頭に浮かんだメロディーラインを楽譜に落としていたのが溜まってきて、亜門に話して以来、いい曲が出来たらFax送信している。
編曲など加えられた楽譜が送り返され、煮詰めることが多い。
オーディションで新ボーカリストになった男の子は声域が広いから、曲が作りやすくて遊べるのでおもしろい。
こんなかたちで音楽を続けられるとは思っていなくて、本当にラッキーだ。
「そういえば、新しいヴォーカルの子も結構イケメンですよね。 年はいくつなんですか?」
「え~っと、たしか・・・20歳前半・・・か?」
「おい、桜子、お前もいい加減落ち着いて、いい男探せ!
お前、今年25か?」
「じゃあ、道明寺さん、いい人紹介してくださいよ!そもそも、道明寺さんのせいで理想像が高くなってるんですから、責任とってください!」
「お?俺に責任転嫁するのか? 完璧な男は俺らくらいしかいないんだから、いい加減あきらめろ!」
「そうそう、俺らと一緒に居たことは、運が悪かったと思って、ちゃんと前を向いて歩け!クリスマスケーキは新鮮なうちがおいしいよ~。」
「西門さん、それはセクハラですよ!!セ・ク・ハ・ラ!!!」
「ちょ、ちょっと、いやぁ~、スマン、桜子。」
そっぽ向く桜子に拝みながら謝っている西門さん。
「冗談です!」
「なんだよ・・・、マジ、あせったわ・・・。」
「Armaniのスカート。」
「 ・・・・・? もしかして、俺におねだりしてる?」
「ねだっているんじゃありません。それで、セクハラは忘れてあげます。」
「お前なあ、詐欺じゃねえの? どうせ、付き合ってきた奴にもそんなことしてたんだろうが・・・」
「失礼な・・・セクハラするような人いませんでした!」
「「「「 はっははは・・・」」」」
「総二郎、お前が折れるのが一番だぞ!!」
私は、あきらのソファの肘置きに腰掛けて、彼の肩に手を乗せ微笑んだ。
今でも、こうしてまとめ役になるのはたいてい彼。
道明寺がル・ムーリスで話してくれたように、物心ついた頃から、ずっとまとめ役だったらしく、さすがのF3もあきらには言い返さない。
ただ、違うのは彼の側で私が微笑んでいる。
ずっと彼の側に寄り添いながら・・・、教会で誓ったとおり・・・。
汝は、その健やかなる時も、病める時も、悲しみの時も、富める時も、
貧しき時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
死が二人を分かつ時まで、堅く節操を守ることを約束しますか?
私が選んだ人は、あきらだった。
あきらが選んだ人は、私だった。
選ぶことは、時として、素知らぬふりして人を試すから、大事な選択に気付かないかもしれないし、間違えてしまうかもしれない。
正解なんて誰も教えてくれない人生なのだから、自分のためにパーフェクトな答えを見つければいい。
あの時こうしておけばよかったって、後悔しないように、顔を上げて歩いていこう。
また、新しい道が始まったばかりだ。
次の分岐点で、ちゃんと私の答えが出せる私で居るために。
来夏も、愛する家族と仲間の笑顔に囲まれて、はじける笑顔であるために・・・。
End ('07.Oct.16)