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eranndekuretearigatou26 26.
その日、建設会社の接待を受け、銀座の老舗料亭で夕食だけ共にし、帰宅した。
日付が変わる前に帰宅するのは、久しぶり。
同居してるとはいえ、俺の帰宅はプロジェクトのせいで午前様続き、このところ牧野とは会っていない。
たまには、牧野と酒を一杯やるのもいい。
好調なバンドのスタートの話でも聞かせてもらおうという気になって、牧野の帰宅を待った。
時刻はもう夜中の2時。
こんな時刻になっても連絡も無しか。
心配というよりなぜか腹立たしさがこみ上げて、おもむろに携帯をつかみ牧野を表示させる。
trururururuurururururru・・・・・・・
つながった先は、低い男の声だった。
「・・・だれだ、お前?」
「俺だ、国沢亜門。つくしは、今、俺と一緒に居る。」
「・・・・・・。」
「あいつ、よく眠ってるよ。どうする?」
「迎えに行ってもいいか?」
俺は、亜門がNOと言わないように願う。
「・・・・好きにしろ。」
住所を聞いて、急いで車を飛ばした。
扉が開くと、上半身裸の亜門が顔を出す。
チッ、牧野がいるんだから、何か上に着ろよな。
「牧野は?」
返事も聞かずリビングまで入らせてもらうと、ソファーで気持ちよさそうに眠っている牧野が居て、まずは安堵した。
「安心しろ、何もしてない。
こいつは仕事のパートナー、遊びの女じゃない。
取り扱いの難しいフェニックス・・・下手すると、大やけどするからな、こいつ。」
phoenix不死鳥か。
扱いを間違えば火傷するな・・・確かに。
俺は、亜門に礼を言い、牧野を大事に持ち上げた。
軽くて華奢なのに、触れるとやわらかく指が皮膚に溶けていきそうで、強く抱きしめて胸の中に閉じ込めてしまえたら、仕事のストレスからも解放されて夢見れるだろうと脳裏をよぎる。
うちへ戻ると、牧野の体をベッドに横たえた。
「ありがとう・・・・・。」と小さな声。
え?起きてるのか?
さっきの俺の密かな思いに気付かれたか?
けど、牧野は再び眠りの世界に戻り、溜息をつきながらそのやわらかな頬にそっと触れてみた。目覚めた時、頭痛とムカムカの症状。
ひどい二日酔いだ。
昨夜どうやって帰りついたのかどうしても思い出せずで、亜門に電話して美作さんが連れ帰ってくれたと教えられた。
こんなことで、忙しい美作さんにまたもや迷惑かけてしまった。
お詫びに手作りのお弁当を差し入れすることを思いついた私は、大急ぎで準備して、そのお弁当を持って美作商事横浜支社にむかった。
ビルは見上げるほど大きく、改めて美作商事の規模を思い知る。
この最上階にドカッと座ってる美作さんなんて想像できなくて、まるで英徳にお弁当を届けるようなつもりでいた自分が情けなかった。
「あのぅ~、牧野といいます。美作支社長にお会いしたいのですが。」
受付嬢が訝しげに見るので、あわててDKNYのサングラスをはずして笑顔を作ってみる。
「申し訳ありませんが、アポイントをとっていただけかないとお会いできないことになっております。」
マニュアル通り完璧に答える受付嬢。
それもそうか・・・と思い、ソファーセットで携帯を取り出し美作さんに電話した。
「おっ、牧野?どうした?」
「あのさ、今、下に来てるんだけど・・・。」
「はあ?下ってこのビルの1偕か?」
「うん。受付の人がアポイントがないと美作さんに会えないっていうんだけど、渡したいものがあるから、どうしよう。」
「ちょっと待っとけ!」携帯がガチャっと切れた。
さっきの受付嬢が飛んできた。
「先ほどは大変失礼しました。こちらへどうぞ。」
今度は丁寧に頭を下げ、エレベーターホールに連れて行ってくれる。
ふかふかのジュウタンが続く長い廊下の先にある扉を開けてもらい、中をのぞくと美作さんがいた。
横には秘書の里美さんが立っていて、私を見て驚いているように見えた。
「牧野、めずらしいな。入れよ。」
美作さんは手を上げてくれて、ソファーの向かいの席に座る。
「あっ、ごめんね、突然。あの~、昨日はありがとうね・・・へへ。」
「お前どこでも寝るからな・・・まったく、気をつけろよな。」と口元が笑っている。
「お礼にお弁当作ったの。お昼まだでしょ?」
「お、サンキュ。久しぶりのボンビー食か・・・あれ、あの黄色やつ入っているか?」
「入ってるよ。基本・基本・・・。」
「どうぞ。」
里美さんが香りの良いほうじ茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。いい香り・・・。」
「お弁当にはこちらが合うかと思いまして。」
里美さんが答えると、美作さんが里美さんに優しい笑みを向ける。
目の前で二人の視線が綺麗に交じり合い、穏やかな波動を起こしてるように思えた。
それが、自分の中のざわめきだったとその時はまだ気付かなかった。
つづくPR -
eranndekuretearigatou27 27.
美作さんは、オフィスのソファーで私のお弁当を全部食べてくれた。
この部屋に入った時から、里美さんの視線を感じる。
里美さんにとっては、目障りな差し入れなのかもしれない。
一方、そんな思いも知らず、「何だこれ?」と言いながらさっさと平らげていく美作さん。
美里さんの視線は慣れっこで、気にならないのか。
そんなモヤモヤを吹き飛ばしたくて、美作さんに話しかけた。
「美作さんが、いつも”黄色いの”って呼んでるのは、卵焼き。
お弁当にはお母さんの卵焼きと相場が決まってるんだから。
それくらい知らないと、社員さんに馬鹿にされちゃうよ。」
「いいんだよ。誰も俺が母親の手作り弁当を食ってたって想像しないだろうからさ。」
「確かに美咲ママが卵焼きを焼いてお弁当箱につめる姿は想像できないけど、一度もお母さんの手作り弁当って食べたこと無いの?」
「小さい頃、作ってくれたことあったな。半分が焼き菓子だったのを覚えてる。」
「プッ・・・。」それって、体に悪そう。
「ご馳走さん、また作ってくれよな。」
「お安い御用!」
お弁当を喜んで平らげてくれた美作さん。
とても嬉しそうな顔をするので、やっぱり来て良かった。
美作さんはじめF4たちは、小さい頃からコックさんに作ってもらった立派なお弁当ばかりで、家庭の味を知らないんだよね・・・晩御飯の残りなんてあり得なかったはずだ。
目の前に座る美作さんにはまた絶対作ってあげたいって思った。
F4皆、台所とリビングの匂いが混在した匂いなんて知らないし、ましてや、寝坊して作られた形の崩れた卵焼きなんて知らない。
私がしてあげれること、それは何だろう。第一秘書が出発の時間だと言うので、私は急いでお弁当を片付け、頑張ってとエールをおくり足早に部屋を後にした。
すると、エレベーターホールで里美さんに呼び止められた。
「あの、実は私、以前から支社長をお慕いしています。
どんなに疲れていても優しく接してくださる支社長を尊敬もしております。
支社長の側でお役にたちたいだけなんです。
でも、迷惑をかけるつもりもありませんし、仕事も一生懸命させていただくつもりですから、どうか誤解しないで下さい。」
「え?ちょっと、意味がよくわからないのですが。
私に遠慮される必要ないんじゃないでしょうか?
里美さんが美作さんを好きなのは気付いてましたし、美作さんだってきっと里美さんのこと悪く思ってないはずです。」
「私、支社長にきっぱり振られたんですよ。 でも、その後も支社長は変わらず接してくださり、仕事もちゃんと見て下さって、何も変わらないんです。
だから今は、仕事を頑張って応えるつもりです。
牧野さんをお待ちになる支社長の様子、お見せしたかった・・・クスッ。
エレベーターで上がって来られるまで、嬉しそうにソワソワして、あんな支社長は初めて見ました。
支社長は牧野様が好きなんですね?
ですから、私と支社長の間のことを牧野様が誤解されると困ると思って。」私はエレベーターの中で、里美さんが言ったことを反芻した。
きっぱり振られ、深い関係でもなんでもなく、そして、美作さんは私のことを好きなのだと言った。
美作さんは道明寺ともめている時も花沢類と和んでいる時も、着かず離れずやさしく見守ってくれていた人だ。
それは、兄弟のように自然で空気みたいな距離感だったし、美作さんが私を好きだなんて思ったことなんて一度もなかった。
まさか・・・そんなこと・・・。
そうよそうよ、そんなことはずあるわけないじゃない。
あの年上好みのプレイボーイが、まさか色気なしの私を恋愛対象にするなんて有り得ない。
その点は、さんざんからかわれてきた。
里美さんの思い違いだよきっと・・・。
その時、ふと美作さんと里美さんを直視できなかった瞬間を思い出した。
胸がギュッと詰まるような気持ち、まるでヤキモチみたいに嫌な気持ち。
は?ヤキモチ?
頭の中に、思い浮かんできた美作さんは、焦茶の瞳で私を見ている。
なんだか小犬のそれみたい。
そういえば、小さな頃、飼いたくても飼えなかったペットショップの仔犬に似てる。
頼りなげで、あどけなくて、誰もが口元を綻ばせるような可愛い瞳。
そうか、あの時の仔犬に似てるのだと気付く。
美作さんの柔らかな髪に手を置いて、優しく撫でてあげたらどんなだろう。
なんだか、仔犬をお世話したかった気持ちに似てるのが笑えるけども、体の中心にあるミルク色した本能は正直だ。
天下のF4の美作さんを小犬扱いするなんて、こんなこと知れたら怒られるよね。
昔の道明寺じゃあるまいし・・・。仕事の方は順調だった。
Revolution'sが売れるにつれて、私は今までのように平気で出歩くことができなくなって、それは失ったものだ。
けれど、美作家にお世話になっているお陰で、生活用品を買いに行かなくて済んでいて、今となっては非常に有難い。
ある日、電車の中で、一人の女の子が私に気付き、あっという間に数が膨らんで、身動きとれなくなった時はさすがに怖かった。
メンバーの写真が有名雑誌に掲載されると、イケメン人気のあおりで一気に注目度があがった。
どこいくのもキャップやサングラスを着用するようになり、防衛本能か、外出には気が抜けない。
ハルは、外食してたら携帯カメラでバシバシ撮られて食べた気がしなかったと言っていたし、亜門なんて、突然ファンの女の子が道端で感激のあまり泣き出したらしく困ったと言っていた。
美作さんが言っていた“何かを得たら何かを失う”という事態はこれかと思った。
つづく -
eranndekuretearigatou28 28.
フランスでの修行は思っていたより面倒だった。
一つは伝統を重んじる古いヨーロッパ式ビジネススタイルが色濃いため。
そして、もう一つ、社歴の長い日系人が仕事の出来より流暢なフレンチとご当地文化に明るいだけで妙に優遇されており、適正な指導力と公平な人事力のてこ入れが急務だったから。
とにかくこの一ヶ月は、日本を振り返ることも出来ないくらいの忙しさで、久しぶりに旧友に会えるのが楽しみだ。
あきらとは、まきのに告白しろって言われて不機嫌になって以来になる。
店に入ると、あきらが既に待っていた。
「おう、類、忙しそうだな。」
「あきらだって、忙しいでしょ?」
俺たちは、異国の地で近況報告するのに時間を忘れる。
「あきら、秘書の人とつき合ってるの?」
「秘書って俺のだよな?」
「あきらの側で看病してた人。」
「はぁ?里美のこと?付き合ってるわけないだろ・・・。」
あきらは、あきれたように言う。
そんなことだろうと思ってたけど。
「まきのは、何で勘違いしちゃったのかな?」
「うそだろ、あいつ、そんなこと言ってたのか?実は、里美から告られたけど、もちろんすぐに断った。」
「ふ~ん、そういうこと。いつも鈍感なのに、へんなこと気を回したんだね・・・ククッ。」
「 ・・・。」
「あきらとまきの、似てるよね。
もっとさ、自分のことだけ考えたら、色々見えてくると思うんだけど。
一つ誤解を解いてあげる。あのさ、俺、まきのに振られちゃったみたいだから。」
「な~に~????お前ら上手くいってるんじゃないのか?」
「俺たち、別にけんかしてないし、連絡取り合ってるし、上手くいってるけど・・・。」
「上手くというのは、そのだな、男と女としての付き合いのことだ!」
「まきのとは、離れていてもつながってるし、まきのが笑ってれば俺はそれでいいから・・・。」
「お前それで本当にいいのかよ?まきのが、他の男と一緒になっても平気ってことか?」
「う~ん、どうかな?でも多分、まきのが幸せならそれでいい。・・・・・あきらは?」
「俺?・・・・」長い間考えてから、
「俺は、類のように割り切れないかもしれない。」とぽつりと言った。
「あきら、こんなに話してあげたこと、まきのへの卒業プレゼントなんだから、ちゃんと渡しといてよ、後はあきら次第だからね。」
「げっ、それっなんだよ!」今日、出張から美作さんが戻ってくる。
里美さんがへんなこと言うから、どんな顔して会えばいいのかって緊張しちゃうじゃない。
あれから、お弁当を頼まれた時の美作さんが浮かんで仕方ないよ。
里美さんと美作さんはただの仕事の関係と知り、なんだかホッとしたような自分もいる。
F4の中で一番お兄さんな美作さん。
今さら、意識してどうする?
花沢類がいなくなったら、優しい美作さんにスイッチって?そんなことできない。
私は、ぼーっと考えていた。
大事なレッスン中なのに・・・。
「まきのち~ゃん、今僕が弾いてあげたところ聞いてた?四分の三拍子だから、この音節は四分音符が三回でしょ?
だから、このドの音に付点がついた場合はどうなる?叩いてみて!」
「は、はい、え~と、付点が着くと半分足すから・・・。」
私は、ボイストレーニングの後に音符のお勉強もさせてもらっている。
いつもは面白くてあっという間に終ってしまうのに、今日はなんだか考え事ばかりして、なかなか終らない。
「今日のまきのちゃん、へんだよ~。なんかあった~?恋わずらいかしら~?
うふっ、これ男の感。ナンチャッテね。まきのちゃんのお眼鏡にかなった人、いい男なんだろうな~。今度、紹介してよ~。」
「何、言ってんですか?!違いますよ。もしいても、先生には紹介できるわけないじゃないですか!」
だって、ゲイなんだもん。
「大丈夫よ、横取りしやしないから~。そうやって照れるところ、まだまだね。でも、悪い男もいるんだから気をつけなきゃだめよ。」
トントン・・・
「失礼します。満先生。」
マネージャーの後藤田さんが頭を下げながら入ってきた。
私を迎えにきてくれたのだ。
この後の予定は事務所での打ち合わせ。
CMの話が入ったらしく、それについての説明らしい。
移動すると、もう部屋にはメンバーがそろっていて、スタッフがCM依頼会社のお偉さん達と談笑していた。
「遅くなりましてすみません。牧野です・・・。」挨拶をして席に着いた。
どうやら、CMの依頼会社は大手アメリカ系輸入住宅販売会社で、私たちの曲を気に入ったらしい。
MCレコード会社としては、こんな新人グループを向こうから指名してくるのは会社創業以来らしく藤巻さんが俄然やる気を見せている。
依頼会社のイメージをふくらませるために、会社概要を事細かに説明される。
「・・我が社は道明寺グループの・・・・・」
久しぶりに耳にする道明寺という響き・・・。
これは偶然なの?
それとも、道明寺が故意に・・・・?
「あの、どうして私たちを選ばれたのですか?教えてください。」
突然話の腰を折った形だったので、皆、びっくりして私を見る。
依頼会社の一人が、revolution’sの人気とこの上り調子の勢いに当社も便乗させていただきたいのだと答える。
合点が行かなくて、廊下で藤巻さんにもう一度同じ質問を尋ねる。
すると、この話の始まりは道明寺本社からの推薦で、あとは先ほどの通りだということだった。
やっぱりそうなんだ・・・。
つづく -
eranndekuretearigatou29 29.
俺は、類から聞かされたことがまだしっくり来ない。
類が牧野に振られただと?あとは、あきら次第だと?
とにかく、それは俺にもチャンスがあるということか。
こうなったら牧野との距離を縮めていこうと思う。
けれども、帰国後、留守中の国内業務が山積していて、牧野に会えないまま一週間が過ぎていった。
プロジェクトが順調にいけば、あと半年で終わる。
一応、軌道にも乗せた。
今日はこうしておふくろの庭で立ち止まり、月を眺める余裕もできた。
今夜の月は満月で美しい。
雲ひとつない空にぽっかり浮かび、黄色く輝く丸い月を見上げながら遠い日を思い出す。
ふと、カサカサッと音がした。
目をやると、頭の中に浮かんでいる奴と同じ人物が、うつむきながらこちらに歩いてくるのが見えた。
牧野はキャミソールに白い薄手のカーディガンをはおり、その白くか細い身体は月明かりにおぼろに照らされ、地上から浮いているかのように見える。
牧野の前方に小枝が飛び出ているのに、牧野はまるで気付かないようだ。
おい、危ないっ!避けろよ!
俺は走った。
とっさに左手で枝を払い、驚いてしゃがもうとする牧野の腕を強く右手でつかむ。
俺を下からじっと見上げてくる潤んだ瞳。
その黒目がちな大きな瞳の中に俺がしっかり映っていて、俺は固まってしまった。
大きく開いたキャミソールの下には胸の谷間。
月の明かりで白く輝き、美しく誘うようなふくらみ。
つかんだ腕の折れそうで柔らかい感触。
俺は、脳天がぶちぎれんばかりに体中の血流がめまぐるしく流れるのを感じた。
それは、今まで塞き止めていたものがなくなり、竜虎のごとく強く暴れだした瞬間だった。私は、考え事をしながら庭を散歩していた。
ずっと気になる、美作さんのこと。
気になる分だけ、身勝手な自分の思いを突き詰めて考え込んでいる。
美作さんは多忙でいつ家に帰ってきているのかわからない。
ちょうど、キレイな満月が夜道を照らし、美しい夜だ。
庭でも散歩してれば会えるかもと淡い期待を胸に夜風にあたろうと思った。
懐かしい香りが鼻を掠める。
あっ、この香り、植物系のフローラルの香り。
最後にウッディに変わっていくこの甘い香りは・・・。
何かにぶつかりそうになり反射的にしゃがむと、気付けば強い力に腕をつかまれていた。
そっと、目の前の黒い影を見上げる。
この一週間、ちらついていた仔犬のような瞳だ。
暗がりの中、私を見据えて離さない瞳。
ウェーブのかかった髪の毛、がっしりとした肩幅、背が高くて手も足も長い人。
甘くセクシーなこの香り。
逆光の中でも、この黒い影の主が側にいるだけで、安心させる人。
私、美作さんのことが好き。
好きだったんだ・・・。
気付いてしまったこの瞬間。
黒い影から戸惑いがちに掠れた声がもれる。
「・・・・・・ま、きの・・・・・。」
そして、その手は私を強く抱きしめ、甘い香りの中に閉じ込めた。
私も彼の背中にゆっくり手を回す。
初めて知った胸板の厚さと彼の体温。
「美作さん、・・・好き・・・。」それは、満月の不思議な力がもたらした迷い言のように、唇からこぼれた思いがけないセリフ。
私が生まれてから一番素直にこぼした言葉だったと思う。
美作さんは、私の体をゆっくり離し、確認するように私を見つめていた。
「まきの、それは本当か?」
小さく頷くと、美作さんは再び私を抱き寄せ、耳元でささやいた。
「俺は、ずっと前から好きだった・・・。」
大きな手は月明かりの下で、私をなかなか離そうとしなかった。
つづく -
eranndekuretearigatou30 30.
俺は、満月の夜を一生忘れないだろう。
何度思い返しても、夢だったのではないかと思うくらい、衝撃的で歓喜極まる夜だった。
牧野があの可愛らしい口から俺のことを好きだと言ってくれた。
全く、ビックリだ。
牧野に対してハッキリ見えた思いは、さっぱりしてすがすがしい気分ですらある。
俺は、牧野を女としてちゃんと好きで、愛していけると自覚した。
思い起こすと、牧野みたいな女が俺を満たしてくれるのでは?と気付いた時には、もう司の彼女であった牧野。
女への好意なんて容易くをコントロールできると思っていたのは、単にうぬぼれていたのだ。
司と破局後は、自然と類が牧野のすぐ側にいた。
類の気持ちは周知の事実で、昔の類を知る俺としては、感情豊かに笑えるようになったあいつを応援してやりたい気持ちがあった。
それに、あいつらの間には他の奴には踏み込めない聖域みたいなのがあって、例え、司でも壊すことができなかったものがある。
俺は、牧野を支えるポジションを遠慮しつつも、ずっと外堀にいて類のこぼしていった隙間を拾い集め、牧野を支えてきたつもりだ。
司とけんかしてる牧野の涙も類と笑っている牧野の笑顔も、友人として見守りながら、おれ自身はマダムとの愛欲の炎に身を置き、結局、本当に欲しいものから目を反らしていた。
ずっと俺の心が牧野に向かわないようにと、重い鎖をジャラジャラ巻いていたのだ。
用心に用心を重ねて、何重にも巻いていた。
その鎖を今ゆっくりはずしていく・・・。
今は、完全フリーの牧野。
牧野も俺が好きだといってくれた・・・・。
しかも、あいつからの告白だなんて信じられるか?
信じられない・・・よな・・・まったく。困ったことに、あれから牧野の潤んだ瞳と胸の谷間が脳裏ちらついて、仕事中に赤面してしまう。
あの発展途上の胸にだぞ。
惚れるというのは、恐ろしい。
今日も会議中に思い出し、秘書が冷たい水を持ってこようとするのを断わった。
仮にもマダムキラーと異名を取り、女には超慣れっこの俺。
なのに、性に目覚めたばかりのまるで十代のやつに成り下がってしまった俺。
なあ、牧野は今何を思っている?
牧野に会いたい。
無性に声が聞きたくなって、牧野の番号を押す。
Trururururururururu・・・・trururururururururururu・・・・・・・・
「あっ、美作さん?」
「今、話せるか?」
「うん、平気。スタジオで新曲の音あわせしてるんだけど、休憩中だから・・・。」
「このところ、スタジオに缶詰みたいだな・・・。ちゃんと飯食ってるのか?」
「なんとかね・・・。朝は遅いから、時間をかけて美作さん家のおいしいご飯をたっぷりいただけてるから大丈夫・・・。」
弾む声が聞こえる。
「おまえ、朝は遅いらしいな・・・。」
「あっ、ごめん。今度早起きするから、一緒に朝ごはん食べよう!」
「いいよ、寝とけよ。今度の日曜、オフなんだ。牧野は?」
「夕方、練習が入ってるけど、たまには休みもらっちゃおうかな。」
「そうしてくれると、嬉しいよ。」満月の夜、あんなに素直な言葉を口にする自分に心底驚いた。
そのまま出てきた裸の言葉が、愛の告白だったので、口にした後パニクッた。
私は美作さんが好きだったんだ・・・。
ずっとお兄さんのようだと思っていたし、時には、お父さんのような包容力を感じていた。
花沢類とは違った形で、美作さんは安心する存在として大きくなっていったように思う。
道明寺に身を焦がして散々回りに迷惑をかけ、また、初恋みたいな花沢類との恋を昇華したばかり。
そんな自分が美作さんを恋していいわけないって、無意識に制していたのだろうか、ちっとも気付かなかったよ。
こんなにあふれる思いをどうして気付かずにいることが出来たのだろうか不思議だ。
「俺は、ずっと前から好きだった・・・。」
耳元でささやかれ、嬉しかった。
すっぽり抱きしめられると、もう手には力が入らず、他人にすがりついて安心しきってる自分を新しく発見する。
どうか、このまま時が止まってくれますように・・・と願ってやまなかった。
美作さんの優しさに触れるたびに感じていた安心感。
私の心に芽生えてきた、美作さんを守ってあげたいという母性。
気付いてしまった以上、素直な自分でいようと思う。
つづく -
eranndekuretearigatou31 31.
「なあ、牧野、その格好あやしくないか?」
私は、美作さんとのドライブのために、一応変装なるものをしてみた。
美作商事の御曹司と私のスキャンダルは、高く売れるはず。
皆に迷惑かけてしまうと思えば、こんな変装へっちゃらだ!
濃茶のエクステンションがくっ付いた帽子を深々とかぶり、美作さんからもらったDKNYのグラサンをかけて、服はあまり持ってないので選べなかったけど、考えた挙句、ベージューのチノパン風ボトムにさらりと白い丸首コットンセーターを着てきた。
この帽子とカジュアルな装いは美作さんの好みとかけ離れているよね。。
だけど、私にはブランド物のサマードレスなんて似合わないし。
しょうがないじゃん・・・こんなお子ちゃまはやっぱり美作さんに似合わないって、へこんでしまう。
「お前、なに落ち込んでんだよ。・・・・ふっ。」
人差し指で私のおでこを笑いながらつついてくる。
「かえって、目立つんじゃないかって言ってんの。桜子にでも相談しろよ、あいつなら牧野の好みも知ってるし、助けてくれるから・・・。まっ、今日はいい。行こうぜ!」
今日は、美作さんが運転して遠出のドライブだ。
私たちは、お互いなんとか捻出したオフを初めてのデートにあてた。
美作さんの運転は、本当に美作さんらしい。
花沢類のようにスピード狂でもなく、道明寺のように鋭角カーブでスピードを上げることも無い。
助手席に座っていて安心していられる。
といっても、私はたいがいどの車でも、すぐ夢の彼方に消えちゃうんだけどね。「牧野!着いたぞ!・・・おい起きろ!」
初ドライブデートにも関わらず、お決まりのように眠ってしまったらしい私ってどこまでマヌケ?
美作さんが呼ぶ声で目を開けた。
そこは海が見える場所で水面がきらきら光り、初夏の香りでいっぱいだった。
私たちは、ボートハウスで少し休むことにした。
目の前にはたくさんのヨットが停泊している。
そして、白いかもめが真っ青な空を滑空しながら、コアーコアーと鳴き声を上げる。
目覚めた場所に、男前で優しい美作さんがいて、周りは絵に描いたようなきれいなハーバー。
・・・、幸せすぎてドキドキする。
これから美作さんと二人で出かけるたびに胸がこんなになるの?心臓がもたないかもしれない。br>
「なあ、牧野、お前は俺の趣味とかって、知ってる?」
「趣味?」
「そう、俺のことどのくらい知ってるかなー?つくしちゃん。」
いたずらっ子のような顔をして聞く美作さん。
「美作さんの趣味は、女遊びを少々とか・・・?」
ムスッと睨んでくる美作さん。
「冗談、冗談、はっはは・・・。もう止めたんだったね。」
「俺は、牧野のことがもっと知りたいし、俺のことも知って欲しいと思っている。
だから、今日は、ここに連れてきたんだ。
俺ら、時々ここに来て、ヨット乗ったり、水上スキーとかして遊んでた。
18歳になって総二郎と速攻で一級船舶の免許とってさ。
司は、運転なんかしてられっかって言うし、類はほとんど寝てたけどな。
総二郎と俺は暇があればここに来て遊んでたな。」
「どっちみち、女の人と一緒に沖へ出て、その気にさせてたんでしょう?」
「おい、おい、別に拉致したわけじゃねえからな・・・。まっ、それは昔の話。
どの女も好きみたいだったな、こういうスチュエーションは。」
美作さんの女遊びは今さらびっくりもしないけど、ここにもそんな女の人と来て、こうやって話したりしてたのかなっと思うと、生々しくて嫌悪感を感じた。
どういうつもりで私に聞かせるのか不審に思う。
「さあ、そろそろ行こうか・・・。」
美作さんは伝票を持って立ち上がる。
「え?どこに?」後をついていくと、たくさんクルーザーが並んでいる桟橋の方に出てきた。
すると、そこには背広をきっちり着込んだ男の人が3人立っていて、美作さんに深々と頭を下げている。
何?この人たち・・?
男の人たちは美作さんとなにやら話をしている。
ときおり、すぐ横に停泊していた白く輝くクルーザーを指差しながら。
きれいな船・・・白くてピカピカしている。
新しいのかな~?ブルーのサンルーフが白いボディーに映えてきれい。
私は、そのクルーザーの白さを称えながら眺めていた。
船の前方に視線がいくと、船名が目に飛び込む。
「えっ?これって・・・。」
話が終わり、戻ってきた美作さんは、「ごめん、待たせて・・・。」と白い歯を見せて笑顔で言う。
私は、頭にぐるぐる浮かぶ和訳を理解できず、美作さんの顔をじーっと見つめていた。
「これ、俺も今日始めて乗るんだ。急いで注文したんだけど、どう?気に入った? 」
まるでデパートでソファーを選ぶような感覚で聞く美作さんに開いた口がふさがらない。
「ここに、“Horsetail” って書いてあんだけど。」
船先を指して言った。
「そう、俺と牧野の船。牧野は特別の女だから、特別の船で沖に連れて行こうと思ってさ。」
はあ?
何千万もするんでしょ?
やっぱりこの人、経済感覚がどこかおかしい・・・。
嬉しいより先に、美作さんの買い物感覚に唖然とした。
つづく -
eranndekuretearigatou32 32.
クルーザーの中は、ベージューの長くて大きい皮製ソファーがあって、
机には立派なフラワーアレンジメントがメッセージカードと一緒に置かれていた。
“素晴らしきかな人生は・・・VON VOYAGE !”
そのカードを手に取り眺めていると、今まであったつらくて悲しいことも、今日のために必然な出来事だったのではないかと目から鱗がストンと落ちるように納得した。
窓の外は、どこまでも続く海原だ。
海図のない道を美作さんと進む。
何の不安も感じない安らかな時間。
側に美作さんがいてくれると思うだけで、何もかも安心できる私。
ううん、どんな荒波も乗り越えれそうな気分だ。
「牧野!この辺で少し停泊して、乾杯しよう!」
「うん!!」
嬉しい気持ちをわかって欲しくて、心からの笑顔を美作さんに向ける。
美作さんは蕩けたように見つめ返して、「これからは、この笑顔、俺だけのね。」と頬に軽いキスをする。
「/////////ちょっと、あ・あたし、あまりキスとか慣れてないから・・・・・・//////」
「あっ、ごめん、ごめん。」
引っ込みながら、美作さんのあわてる様子が可愛かった。周りには、一隻たりとも他の船が見当たらず、変装せずにのびのび出来て助かった。
まさか、海を貸切りなんてことはないだろうけど、このシチュを選んでくれてた気遣いは美作さんらしい。
美作さんが冷えたシャンパンをシャンパンフルートにいれて、持ってきてくれた。
「ハイ、シャンパンで乾杯しよう。」
スマートにグラスを渡す動きは、役者も真っ青なくらいキマッていて、過去の女の人に嫉妬してしまう。
「じゃあ、牧野と俺の船出に乾杯!」
美作さんは視線は私に固定したまま、グラスのシャンパンに口をつける。
焦茶色の瞳は、とても大人っぽくて男っぽくて吸い込まれそうだ。
あー、私ったらどうしちゃったんだろう・・・。
ドキドキしっぱなしで、美作さんのペースにやられてばかり。
自分の体勢を立て直そうと、デッキの端の手すりまで移動した。
そして、冷たいシャンパンを口に流し込んだ。
フワリ
後ろから両手を回してくる美作さんに抱きしめられた。
『ひえ~っ?ちょっと、まって!!』
心の叫びは美作さんに届いてない。
心臓が耳の横にあるんじゃないかというくらい、こんなに鼓動の音がするのに美作さんには聞こえてないのだろうか。
「うん?どうした?」
真っ赤な顔して固まっている私に気付いた美作さん。
「あ・あの・・・、もう心臓がドキドキうるさくて・・・。」
俯きながら小さな声で答えた。
「え?あっ、ごめん。」
首を傾けながら、私から離れて美作さんが続ける。
「参ったな・・・。これでも、すっごいセーブしてるんだけどな。」
小さな声でつぶやいている。
おっしゃる通り、すっごいセーブしてくれてるに違いないと思う。
こんなアプローチは、美作さんにとっては、会話みたいなものだろう。
美作さんに本気になって口説かれたら、どんな女でもすぐに落ちちゃうに違いない。
英徳で西門さんと一緒になって、色男ぶりを豪語してたけど、今初めてそれが正真正銘の事実だと思ったよ。
恐るべし美作さん。
プラス西門さん。
「中坊の時を思い出すことにするわ。」
美作さんは私の頭をポンポンたたきながら、笑いながら言う。
「いや、別に中学まで戻らなくたっていいけど・・・私だって一応社会人だもん。徐々にお願いします。」
「ククッ、徐々に・・・ね。じゃあ、適当にやるよ。」
そして、私たちは、お互いの仕事の話などして過ごした。
小さなキッチンがあって、そこで美作さんがアペタイザーとして、スモークサーモンのマリネとクリームチーズとディルをサンドしたクラッカーを作って並べてくれた。
デッキとキッチンを行ったりきたりしながら、二人でする作業が楽しくてあっという間に時間がすぎた。
空は、夕日で茜色に染まり美しい。
「なあ、牧野、俺らが今ここに一緒にいるのって信じられるか?」
夕日を見つめながら美作さんが聞く。
「不思議だよね・・・。ほんとに。」
「俺らがまだ高校のころ、牧野と公園のブランコに乗った夜のこと覚えてる?三日月が出てる夜だった。
俺、いっつも司たちに振り回されてただろ?その日は、他にもいやなことがあって、俺ばっか貧乏くじ引いてるみたいでへこんでたんだ。」
「あんまり覚えてないけど、美作さんがへこんでた時のこと?」
「ああ。
あの夜、牧野が俺に言ったんだ。
“三人を取りまとめるの大変そうだなって思ってた“ ”誰かに頼られることってすごいことだよね“ それから ”私もそうだからわかる“って。
俺、そのとき思った。
牧野みたいな女と一緒にいれたら幸せだろうな・・・って。
あの時の思いが、叶ってしまったなあ、やりい~。」
いたずらした後のように、肩をすぼめた美作さん。
そして、真剣な眼差しで私を射抜くように見つめた。
時々見せる、仔犬のようなその瞳と男っぽい輝きが混在してる。
道明寺と付き合ってた時には素直になれない自分がイヤだった。
学んだことを無駄にしないって、非常階段で空に誓った。
私、今の自分の気持ちに素直になることに決めたんだ。
この人を幸せにしてあげたい。
夕日に光る美作さんのウェーブヘアがきれいだった。
「牧野、ずっと俺の側にいてくれるよな?」
「美作さん、私でいいの?」
美作さんが大きく頷いた。
「おう。牧野、抱きしめてもいい?」
今度は、伺うように遠慮がちに聞いてくる。
美作さんは私をその胸の中にそっと囲うように閉じ込めた。
セクシーなフローラルの香りにつつまれて、意識をさらわれそうになりながら、でも何かしてあげたい。
目の前に塞がる美作さんの鎖骨へチュッと初めて私からのキスを落とした。
びっくりしたような美作さんの頬にも続けて一つキスを落とす。
ウブな私はどこへ行ってしまったのだろう。
美作さんの前で少し大胆になれる自分の先行きがちょっぴり心配になった。
つづく -
eranndekuretearigatou33 33.
美作さんは、時々、私を出先まで迎えに来てくれるようになった。
今日はコンサート企画で集まって、CM用の新曲の音合わせを終えたところで美作さんが顔を出した。
「よっ、牧野。終った?」
「うん、あと片付けだけだから・・・。」
当然のように返事する私をハルと修がひやかす。
「おっと、彼氏登場!つくしちゃん、最近色気づいたの彼氏のおかげかな~?」
「どうせ、色気なんかゼロでした!からかわないでよね。」
「色っぽくなってきたと思うよ~。宜しいことで、いいじゃん。」
修がなおも、からかい口調で言う。
「もう、やめてよね!まったく・・・」
そんなふうに言い合っている間、亜門は美作さんの所へ話しかけに行ったようだ。「よお。今、アメリカ系輸入住宅販売会社のCMに起用されることになって、曲作りで大忙しだ。」
「牧野から聞いてます。CMの仕事か・・・順調みたいでよかった。」
亜門の次の言葉を待つ。
「で、お前さんには伝えておくが、その会社は道明寺グループだぞ。しかも、本社から出ているらしい。
多分、あいつが指示したんじゃないか?つくしから聞いているか?」
「いいや。」
「つくしとあいつの間に何があったのか知らねえけど、今のつくしは純粋に頑張ってるからな。」
「国沢・・・・。」
司はどういうつもりなんだ?
司の婚約報道からかなり経つ。
だが、結婚しない理由は牧野に未練があるせいなのか?
あの二人が別れたのは、俺たちにもショックだったし、司からの連絡はないままだ。
政略結婚を選んだ司に俺たちから連絡を入れることもなく、いつの間にか疎遠になっていたのが悔やまれる。
牧野はなぜ俺にそのことを言わなかった?
司のこと、完全に振り切れてるはずだよな?
そう思いあぐねていた最中。
「終った~?滋ちゃんだよ~」
滋が馬鹿でかい声でやってきた。
キーボードの甲斐さんってやつのところへ行って、いきなり抱きついていやがる。
まったく嵐のようなやつだ・・・。
その後、滋の扇動でみんなで飯に行くことになった。
「こないださ、NYで司に会ったんだよ。疲れてる様子でなんだか元気なくてさ。」と悲しそうに滋が言う。
「婚約者の人とは上手くいってないのかな?」つくしは心配そうだが、それ以上でもない表情に見える。
「相手の女性、いい人みたいだし、司のこと好きらしいから、司がその気になれば幸せになれそうなのに。やっぱり、司はつくしじゃないとダメなのかな?」
「滋さん・・・。」
「あっ、ごめん、ごめん、私はあっきーとつくしのこと応援してるよ。やっとつくしが幸せな顔見せてくれるようになって、本当に嬉しいもん。」
牧野は下をむいて黙ったまま、何か言ってやりたいけれど、言葉が見つからない。
「道明寺は過去の人。今の私は、美作さんじゃないとダメだから!」
「「・・・!?」」
顔を上げいきなり牧野が宣言する。
「よお!それでこそ、滋ちゃんの惚れたつくしだよ~。」
司を強く思う牧野を見ていただけに、牧野の過去に遠慮していた俺。
牧野の言葉が嬉しくて、いっぺんに心の中の遠慮も吹き飛び、今にも俺はフワフワと浮かんでいきそうだ。
牧野、お前はすごい奴だよ、たった一言で俺の心をどうにでも変えちまうんだから。
「あっきー、やったね。つくし、ハッキリ言うようになって、あっきーが変えたの?」
ひじでコツいて来る。
牧野はどうやら赤面しながら、サラダを口に入れようとしている。
俺はそのとき思った。
俺の中で、ケリつける部分を急いでやらなければいけないと。
つづく -
eranndekuretearigatou34 34.
ここはNY道明寺グループ本社の最上階。
俺は、スケジュールを調整させて、NY行きの飛行機に乗り込み、こうして司と話をするべくやってきた。
牧野とのことを、早かれ遅かれ司に俺の口からきちんと報告するつもりでいた。
司に許しを請うというより、牧野とこれから歩んでいくには、おれ自身が司と対峙しけじめをつけなければならないと思っていた。
久しぶりに会う旧友は、超人的スケージュールだった。
「司、たまには休んでる?」
顔のラインがよりシャープになり少し痩せたようだが、早くも貫禄を身につけた風貌の幼馴染に、第一印象で感じた言葉を口にした。
「ああ、たまにな・・・。休んだらその分溜まるだけだから、おちおち休んでられっか。」
「でも、道明寺の株価も安定してるし、業績だってまた上向きだろ。ちょっとは、気を抜いてもいいんじゃない?」
「トップが気を抜いて、どうやって下の者に示しがつく?まだ、若造の俺がだぞ。」
さんざん周りに迷惑をかけていた司の口からこんな言葉が聞けるなんて、思ってもいなかった。
「で、忙しいあきらがここに来るというのには、訳があるんだろ?」
「ああ・・・話があって。」
「・・・牧野か?」
司がじっとこっちを見ている。
「司、俺、牧野と付き合ってる。ずっと一緒に居たいと思っている。」
驚いた様子もなく俺を見続けている司。
「知ってたのか?」
「あったりまえだろ、俺は何でも知ってんだよ。
なあ、あきら、お前は絶対牧野を幸せにしてやれるよな?
俺みたいに・・・俺みたいに最後に牧野を悲しませることにはならないだろ?」
司は苦しそうな表情を浮かべている。
「司に誓うよ。
俺は、どんなことになっても政略結婚なんかしないし、牧野が望めばバンドの仕事も続けてもいいと思ってる。
あいつの笑顔を全力で守っていくつもりだ。
なあ、司、なんで結婚しないでいる?
まだ牧野のこと忘れられないのか?」
俺は知りたかったことを思い切って聞いてみた。
「あいつは俺が心底愛した女だ。
忘れたくても忘れられねえ・・・。
けど、お前と話せてよかったわ、これでちゃんと整理がつくような気がする。
俺には、重てえ宿命があるし、そんな重荷を牧野に背負わせたくもねえ。
牧野の幸せを遠くで思い続けるだけで、生きていける。
あきら、お前なら、ちーと安心だぜ。」
「つかさ・・・。」
「ふっ、類みたいじゃねえか・・・この台詞。」
司が牧野への思いを抑え俺に話すのは、今もどれだけつらいだろうと心が痛む。
そして、一回り男として大きくなった司に対して羨望と焦りを覚えた。
司に別れの言葉を言って去り際に、
「牧野のバンドのCMの件、司でしょ?」
片手を上げただけの司。
「サンキュウな!」
「うるせー、お前から言われる筋合いはない!」
と怒鳴る司の声を背中に、バタンとドアを閉め外へ出た。美作さんは、いつのまにかNYで司に会って、私たちのことを報告してきたという。
改めてF4のつながりの深さを感じた。
道明寺の現状は、やはり私も心配だったから、美作さんが行ってくれて本当によかった。
“牧野の幸せを遠くで思い続ける“って穏やかに話していたらしい道明寺。
まだ楽しかった頃の道明寺の笑顔が浮かんでくる。
二人で必死に解決策を模索しようとしていた苦しい日々。
勉学と財閥のトップに立つ故の羨望と妬みの中、オーバーワークが続いて崩れそうな体をなんとか踏ん張って一人戦っていた。
そんな時に起こった株価暴落に若い私たちが選ぶべき選択肢が他にあったというのだろうか。
怒りの感情さえ失った道明寺を見たとき、途方にくれるしかできなかった無力な自分が出来ることは、別れを受け入れるしかなかった。
いつか道明寺とも笑って話せるようになれたらいいな。
そして、やっぱり、今回のCMの話は道明寺からのものだった。
おかげでRevolution’sの新CM曲は好調でチャートの上位にあがっている。
今回は素直に道明寺の気持ちを受け取ろうと思う。
美作さんは、プロジェクトが無事に終わり、新聞や雑誌で大々的に複合モールが宣伝されている。
大成功の出来栄えと高い好評価だ。
個人的なマスコミ取材も増えているようで、某雑誌の“注目の経営者シリーズ”にサブタイトルが“若き才能あふれる企業家 美作商事 美作あきら”と題して、写真入りで掲載されているのを目にした。
美作ママが、「パパに似てきたわ~」と雑誌片手に目を輝かせて言っていた。
う~ん、まだ一回しかお目にかかれていないパパだけど、似てるかな??雰囲気は似てると思うけど・・・。
写真のなかの美作さんは、誰が見ても男前。
地位もあってお金もある。
こんな人が私の彼氏だなんて、自分でも信じられないよ。
会社の正面玄関には美作さんを一目でも見ようと女の子達が出待ちしていると記事に書いてある。
芸能人ばりか?
ある雑誌には再びF4特集が掲載されて、ずらりと知った若い頃の顔写真が並んでいて、それはなんだか笑っちゃうけど。
記事には彼らの本当の姿は書かれていない。
すぐに青筋立てる事とか、女の数を競ってた事とか、寝てばっかりだった事とかは。それより、今、私には頭の痛い問題が浮上している。
それは・・・、今度のプロジェクト完成祝賀パーティーに私も招待されたから。
問題は、私のパートナーをめぐって、美作さんと一時帰国中の花沢類がお互い譲り合わないからだ。
「なんで類が牧野のパートナーなんだよ。」
「だって、あきらがやっちゃうと注目されちゃうじゃん。まきのが可哀想。」
「お前だって、一応、顔知れてんだし一緒だろ?」
「いいじゃん、ちょうど帰国中で牧野とご飯食べたいなと思ってたんだから。」
「あのなあ、類!牧野は俺のもんだ!それに、祝賀パーティーを夕飯扱いするな!」
「あっ、あきら、俺にそんな口聞いていいの?誰のおかげで牧野とつきあえてるか忘れちゃった? 」
「いや・・・いや、感謝してる。・・・でも、それとこれとは別だ!」
「まきの、やっと猛獣から離れたのに、あきらまでこんなにカッカしてると大変だね・・・ククク。」
「類!あきらめろよ!なあ、牧野、お前も俺のほうがいいよな? 」
「私は、別に・・・花沢類とも久しぶりだし・・・。」
「はあ??」
「ほら、あきらの負けね。」
ってな調子だから・・・。
今回のパーティーは、美作さんは立役者なのだし、忙しくなるだろう。
私は遠慮しておいた方がいいと思うんだけど、美作さんも頑固で引き下がらない。
つづく -
eranndekuretearigatou35 35.
結局、私のパートナーは花沢類と美作さんの二人になった。
美咲ママがはりきって用意してくれたのは、背中が大きくあいた薄いモカ色のカクテルドレスだった。
「うん。素敵よ、つくしちゃん。さて、あきらちゃん、どうでるかしら?楽しみだわ・・・うふふっ」
鏡に映る自分は、確かに違う自分みたいで大人に見える。
Revolution’sに関わるようになって、素敵な大人との出会いが多く、勉強の日々。
メイクアップ・アーティストさん、スタイリストさん達からどうすればきれいにみえるか客観的に言葉で教えられた。
そして、人前での話し方や振る舞い方も観察するようになった。
恋愛だって、立派な大人なのだし、ウブな私から卒業してちゃんと表現したい。
美作さんに釣り合う様な大人になりたい。
恋をすると、あんなに奥手だった雌(メス)の本能でも一人前に疼き始めるものなのだ。
じゃあ、これは美作さんのお陰でもあるのか・・・。
いつのまにか、細胞全てを焚きつけられて、皮を剥ぐように身も心も大人へと近づいていく私。
美作さんとのスキンシップにも慣れてきたし、あともう少し距離を縮めてもいいと思ってる。
ふわりと抱きしめられる心地よさを思い出す度、身体がフワリと浮き上がりそうになる。
そんな事を考えながら、美作さんと花沢類の待つリビングに入っていった。「おまたせ。」
二人とも私を見つめたまま、ノーリアクションだ。
二人とも同じ表情でおかしい。
「クスッ。二人とも、へん。」
「まきの、キレイだよ。」
花沢類が微笑んでいる。
「お前は、見るな。減るだろう!」
美作さんがあわててけん制し、私に近づいてきた。
「牧野、よく見せて。」
私はクルリと一周まわってみる。
急に美作さんの顔がすこし赤くなったと思ったら、スクッと私の腕をつかみ、先程の部屋へ引っ張って行かれた。
「おふくろ!!!これじゃ、背中が丸見えじゃないか!!!」
美咲ママに食ってかかりそうな勢いだ。
「あ、あきらちゃん、つくしちゃんに惚れ直したでしょ?とっても白くてキレイな肌してるから、本当にきれいよね~。」
「キレイなのは百も承知だ。////・・・・これじゃ、見せすぎだ!」
「なんで?普通じゃない。あきらちゃんも、こういうデザイン好きでしょ?」
「牧野は、まだ、その~まだ、あれだ、わ・わかいんだから、露出しすぎはダメだ!」
「あら、そう?あきらちゃん、のんびりしてるのね・・・うふっ。」
美咲ママが意味深な微笑を浮かべる。
「じゃ、ストールでもかければ?」
花沢類がドアにもたれながら、会話に入ってきた。
「そうね、ストールも素敵ね。丁度いいのがあるわ。ちょっと、待っていてね。」
「あきらたち、まだだったんだ。まだ、俺にもチャンスあるってことかな。」
「うるさい、類!」
「司だったらわかるけど、あきらがねぇ。」
「だまれ、類!」
「クククククッ、それに、あきらって結構独占欲あるんだね。知らなかった・・・。」
美作さんがにらむと、花沢類は両手をあげて降参のポーズをとった。
そして、私たち三人は私を挟んで仲良くパーティー会場のメープルへと向かった。会場はマスコミへの厳しい入場規制が敷かれ、パートナーの件はあまり心配すること無かったように思う。
でも、やっぱり美作さんは挨拶に忙しくて、常に誰かが横にひっついてる。
「あきらは忙しそうだね。」
「うん。今日は仕方ないよ。」
「まきの、あきらと幸せ?」
「色々と花沢類のお陰かな。ありがとう。」
「まきのがこんなにきれいになったの、あきらのお陰っておもしろくない。」
口をとがらせて言う花沢類。
こんな文句のセリフでも、花沢類が言うと空気を柔らかくなって、私の心を和ませてくれる。
しばらくすると、西門さん・桜子・滋さんがにぎやかにやってきた。
一際、目立つ集団だ。「みんな、来てたんだ~。ひさしぶり~。」
「よっ、類、まきの、久しぶりだな。元気そうだな。」
「皆、お仕事でつながりあるわけ?」
素朴な疑問を聞いてみる。
「俺は、ミュージアムの日本伝統文化セクションのアドバイザーだからな。」
ビシッとスーツを着こなした西門さん。
「滋ちゃんとこも、関連会社だからこういう時は呼ばれるの。つくしが来るって聞いたから、桜子も引っ張ってきたよ。」と滋さん。
「それにしても牧野、お前化けたよな。はじめ、類の横に誰がいるのかわからなかったぞ。」
「うん、いい女に見えますよ、先輩。」
「そうでしょ?へへ。」
ようやく美作さんがやってきた。
「おっ、皆そろってるか。牧野、悪い、相手してやれなくて。
上に部屋とってあるから、後から皆で飲もうぜ!」
そう言って西門さんに鍵を渡し、また、群集の中へ消えてしまった。美作さんが用意してくれた部屋は、エグゼクティブスウィートで食べ物や飲み物がすでにセッティングされていた。
私と桜子は、パウダールームで一息ついてお化粧直しをする。
「先輩、内面から出てくる幸せオーラみたいなのが見えますよ。いいなぁ~。」
桜子がまじまじと見つめながら言う。
「やだ、桜子、大げさな。ただ、仕事も恋愛も頑張ってるだけだよ。」
「なんだか先輩らしい。端から見たら、先輩って仕事も恋愛もすでに勝ち組じゃないですか。
なのに、それに気付かず、ひたすら進むって感じのところ。」
「どうせ貧乏性ですからね。」
「私にも挑戦したくなるような人、また現れてくれるかな。」
ポツリとつぶやく桜子。
桜子にとって、道明寺は長年にわたる想い人だった。
私よりもずっと長い間、心に住んでいたはずだから、その分開いた穴も大きかったに違いない。
「桜子・・・。ハルとはどうなったの?言いたくなければ答えなくていいけど。」
「あっ、彼は違ってました。いい男とずっと一緒に居たい男とは違うんですよね。
だてに、恋愛経験積んできたわけじゃないですから、体を重ねれば先のこともなんとなく予想がつくんです。」
「そういうもんかねぇ。」
ちょっと、たじろいでしまう、コノ手の話は。
「先輩、桜子には教えてくれますよね?初めては美作さんだったんですよね?」
「ぎょ!えっ?何、その質問。/////////・・・そんなのまだまだ!そういうことは、そのうちさ・・・。」
桜子が世にも不思議な物体を見ているかのように、目を大きく開けている。
「うそ~!!!。先輩はともかく、美作さん、どうしちゃったんですか?それは、大事件ですよ、先輩!美作さん、病気なのかな?」
首をかしげながら、先に出て行く桜子。
桜子にそこまで言われるほど、異常なんだろうか?
私だって、かたくなに拒んでいるわけではないんだけど・・・。
つづく -
eranndekuretearigatou36 36.
宴は乾杯から始まって、空のワインボトルが増えるにつれて、話題は私たちカップルのネタに移ってきた。
口火を切ったのは桜子で、酔った勢いか大胆にも、美作さんは流行のセックスレス症候群では?とか、付き合う前から同居しちゃったのが運のつき!など返事に困るようなことばかり飛ばす。
「そうか・・・牧野、まだ鉄パンはいているわけか・・・。まったく、天然記念物並みだな。
マダムキラーと呼ばれたあきらも、結局、司と同じレベルだったということか。」
西門さんは、美作さんをニヤニヤ見ながら言う。
「同じレベルの訳ないだろ。総二郎!俺らは、一日一日きちんと愛を育んでいるんだ。お前らに心配されることは一つも無いぞ。」
「美作さん、桜子だったら、いつまでも何もされないなんて、女のプライドがガタガタにくずれますよ。
それとも、先輩のことを、聖女か尼僧と勘違いしてるんではないですか?」
「・・・。」
無言の美作さん。
「そうだ!つくし、アッキーの寝込みを襲っちゃえ!名付けて、“油断大敵大作戦!”」
「滋、お前、何考えてんの?」
「何言ってるんですか???滋さん!もう!」
美作さんと私が同時に発する。
「まきのは、何もしなくていいよ。」
周りの盛り上がりとは無関係にマイペースな類がいる。
「おい、類!近い!」
「いいじゃん、減るもんでもなし。」
「だめだ、少し離れろよ。」
「まきのの匂い、大好きだもん・・・。」
「//////// 花沢類、恥ずかしいじゃない・・・。そんなの・・・。」
「今日のまきのの口紅の色、いいね。似合ってる・・・。」
花沢類に唇を凝視されて、なんだか恥ずかしい。
すると、私と花沢類の間に、美作さんが割り込んできた。
「類、お前、時差ぼけだろ?あっちで寝て来い!」
「やだ。ここで寝る。」
「まったく・・・・、お前は・・・」
美作さんは、文句をいいながらも、なんとなく口元が笑っている。
「あきら、司に公認されて、彼氏の余裕? ボーッとしてるとマジで危ねえぜ。
「敵は類だけじゃなさそうだぜ。ドレスアップした牧野はいい女の部類に入ってたぞ。
プレイボーイがワンサカいる芸能界には、常識が通じない奴もいるらしいしな。」
西門さんが、諭すように話す。
「ああ、そうかもな。」
ワインを飲み干し、床を見つめる美作さん。
さらに、空のワインボトルが何本も並ぶ。
花沢類はすっかり私の横で寝入ってしまい、私もいつの間にか眠ってしまった。「あきら、そろそろ帰るわ。おい、滋、帰るぞ。桜子をたたき起こせ!おい、類!かえるぞ、起きろ!!」
「帰るのか?」
「おう、明日は茶席が入ってるんだ、悪い。あと、牧野をたのんだぞ!」
総二郎は、ウインクして、鉛のように寝入っている類を抱えながら、がんばれよ!と一言残し、滋と桜子を連れて帰っていった。
「ふうっ・・・。皆、帰ったか・・・。」
急に静かになった部屋には、ソファーで眠っている牧野の寝息だけが聞こえてくる。
俺は、桜子が言うように、牧野に対してわざと距離を置いてる。
牧野の初めては怖がらせることなく、自然に運んでやりたくて、それだけに動くことが出来ないでいる。
牧野はどんどん綺麗になってるよな。
俺が居るからと思っていいよな?
大事な牧野を傷つけるのが怖い。
俺の悪い癖だ、こんな時、思い切って動けないのが歯がゆい。
ベッドに運ぼうと牧野の体を抱える。
なめらかな素肌の感触と艶やかな唇が俺を容赦なく誘惑する。
ベッドインのタイミングを考えてるというのに、俺の中心が熱くならない方がおかしい。
やばい、眠っている牧野を無理やりどうにかしてしまいそうだ。
俺は、牧野を注意深くベッドに横たえると、受話器を取り内線9番を押した。
時間外のところ、開けてもらった人気のないプール。
邪念を振り払うように何度も往復し、高まりを治め、やっと安堵感を得る俺。
窓の外に目をやると、三日月が浮かんでいる。
三日月に照らされた高校生の牧野が思い出され、手の届かなかった牧野が、今俺の彼女でいる。
その事実だけで、俺は心が満ちてくるのを感じた。う~ん、このベッドいい気持ち・・・・。あれ?そうか、ここはメープルだ・・・。
隣を見ると、なんと、美作さんが眠っている。
え~っ!!記憶が無いうちに私の初めてが・・・?
あせりつつ、毛布を急いでめくると昨夜のままドレスを着ていてホッとした。
眠っている美作さんをそばで眺めてみる。
男らしい鼻筋、眉毛の一本一本が計算しつくされたようにキレイに並んでいる。
そして、形の良い唇。
規則正しく胸が上下するのを見ていると、静かな安らぎを覚える。
どんな夢を見ているの?私も連れて行ってほしいよ、なんて。
もっと側に寄って、肌に触れて体温を感じてみたい。
けれども、起こしちゃうからあきらめて、そっとベッドを抜け出し、バスルームにむかった。
まだ、夜が明けきらないこんな早朝にお風呂にゆっくりはいるのは、贅沢な感じがする。
昨夜の桜子の言葉を思い出す。
本当のところ、美作さんは私のことどう思っているのだろう・・・。
やっぱり、私に色気が足りないのかな?
まだ勉強が足りないのかな。
バスルームから出ると、美作さんは目を開けていた。
「あ、ごめん。起こしちゃったんだ・・・。」
「いいよ、別に。水、飲む?」
「うん。」
美作さんがくれた冷たいお水は乾いたのどを潤して、私にちょっぴり勇気をくれた。
「ねえ、美作さん、私じゃダメなのかな?」
「牧野・・・ダメって・・?」
「桜子じゃないけど、いつまでも触れられないと、私でも不安になるよ。」
思い切って吐き出してから俯いた。
美作さんが近づいてそっと私を抱きしめてくれる。
「ごめん。ダメなわけないだろ。」
掠れるほど、小さな声で囁かれる。
きつく抱きしめられて、私も手を回した。
「俺が不安にさせてたんだな。ごめんな・・・。」
美作さんの抱きしめる手にさらに力がこもった。
「俺、牧野を傷つけるのが怖くて、慎重になりすぎてたかもしれない。側にいてくれるだけでも、マジで嬉しいから。」
美作さんが私の瞳を見つめる。
その焦茶の瞳には力がこもり、私だけが写っている。
大きな両手で私の背中を支え、軽いキスが落とされる。
そして、頬・額・鼻、唇に・・・。
はじめは、途切れ途切れの短いキスがだんだん深く長いものに変わっていく。
美作さんの舌を受け入れる時、唇と同時に私の心と体もゆっくり開くのを感じる。
舌が執拗にからみついて、歯の裏まで口内全てを犯される。
唇を強く吸われて体の力がぬけていき、立っていられるのは美作さんが背中で支えてくれてる力だけ。
「牧野・・・・。」
美作さんの瞳も声も、怖いほど色っぽい。
この先どうなるか考えると、やっぱりちょっと怖くなった。
「牧野、俺はこの先の牧野を知りたい。けど、まだイヤなら何もしない。教えてくれないか?」
苦しそうな表情の美作さん。
「イヤじゃない!嬉しいよ。でも、正直、ちょっと怖い。」
愛しそうに私の髪をなでながら、「大丈夫だから・・・。」とささやく。
美作さんに言われると、本当に大丈夫な気になるから不思議。
このまま未知の世界に連れて行ってもらいたいと思った。
そして、お姫様抱っこされ、ベッドに運ばれた。
つづく -
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eranndekuretearigatou38 38.
目が覚めると、すっかり朝になっていて、横に美作さんの姿はなかった。
昨夜というか、今朝、私たちはとうとう結ばれた。
想像以上に痛かった。
まるで、火柱を突き刺されたような痛みだった。
でも、美作さんだから怖くなかったし、痛みも耐えれたのだと思う。
今日から自分も女なのだと思うと、なんだか晴れがましいような気もしないではない。
その後ってどんな感じなのだろうかとやたら想像してたけど、実際は自分の体が愛しくて抱きしめたくなるものなんだね。
昨夜のことが思い出され、一人赤面する。
美作さんはずっと私を気遣いながら、壊れ物のようにそっと優しく取り扱ってくれていた。
初めての人が美作さんでよかった。
感動で心の中には温かいものが満たされている。
美作さんにリードしてもらい全てを預けたから、細かいことは思い出せないけど、正直言って無事に初体験を乗り切れて一安心だ。
シャワーを浴びるため、ベッドからヨロヨロと立ち上がりソファーセットまで行った。
テーブルに残されたメモには、きれいな字でこう書いてあった。
“昼前には戻る。ゆっくりしておけよ! あきら”
時計を見ると、もう10時過ぎ。
けだるい体をバスルームまでひきづり、熱いシャワーを浴びる。
鏡の前に立ち、「ぎょぎょっ。何これ・・・・?」
首から胸にかけて、赤い小さな痣みたいなのがちらばっている。
「ど・どうしよう・・・・。私の服って、例のカクテルドレスしかないよね・・・。」
仕方なくもう一度、バスローブに袖を通し、お化粧して待つことにした。
ベッドには、昨夜の名残のよれたブランケットとゆがんだ枕。
そして、白いシーツには、赤褐色に変わった血痕の跡。
やばい!
そうか、うわさには聞いていたけど、これがお印なのね・・・・と感慨深く思いながらも、急いでシーツを剥ぎ取りバスルームに駆け込んだ。
洗濯石鹸のかわりにフェイスソープで汚れを揉み洗いし、丸めて隅っこに置いた。
ふぅーっと一息つき冷蔵庫から冷たいスパークリングウォーターを出したところで、ピンポーンとチャイムの音。
ドアを開けると、パリッとスーツを着て微笑む美作さんだった。
「おはよ、牧野。起きてた?」
「お・おはよう・・・・。もうとっくに、起きてるよ。朝からバタバタだったよ・・・」
「ん?・・・?・・・」
「いや、その、色々あって・・・。」
部屋を見回し、ベッドのシーツが無いのを見つけた美作さんが笑いながら、
「ああ・・・もしかしてシーツ?自分で洗ったの?ふっ、牧野らしいな。」
美作さんはいつものように肩をポンっとたたいてくれた。美作さんは、昨夜のことが何も無かったかのように何も変わらない。
いつものようにCMに出てきそうな完璧なスーツ姿で、やさしい笑顔もいつもと同じ。
私だけが、特別な朝を迎えてるの?今朝のことが幻だったなんて、思えないんだけど・・・。
じっと、美作さんを見つめていると、気付いたのか目を細めながら近づいてきた。
少しかがんで、私の目を覗き込みながら言う。
「牧野・・・、ごめんな。目覚めたときに側にいてやれなくて。
ちょっと、会社に用があって顔出してきた。この後オフにしてきたから、一緒に過ごそうな。」
子供をあやすように、そう言って私の頭をなでてくれた。
「いいの?仕事。」
「ああ・・・。それより牧野、ベッドで言ってくれた言葉もう一回聞きたいんだけど。」
「え?何だったっけ?」
「涙を浮かべて言ってくれたろ?俺、感動した。」
額にチュッってキスをしてくれた。
「あぁ、あ・あれね、ちょっと今は・・・。」
美作さんの前で、あらわな格好をしたことがまざまざ思い出されて、顔が真っ赤になっていたと思う。
「俺は最高に幸せだ。ずっと一緒にいてくれるよな?」
そして、強く抱きしめられた。
『よかった、幻じゃなかった・・・』
だから、勇気を出して耳元で小さくささやいた。
「私でよかったら・・・ずっと側にいさせてください。・・・愛してるよ///。」
美作さんの腕の中にすっぽり包まれて、女に生まれて本当に良かったと生まれて初めて思った。
「うーん、そんなことされたら、ベッドに連れて行きたくなるな・・・。
でも、止めておく。牧野が壊れたら困るし・・・。
お腹すいただろ?飯くいに行こうぜ!洋服、適当に買ってきたから、着替えて。」
大きな紙袋を渡された。
Theoryのシンプルなキャメル色のワンピースだった。
私が抵抗無い色目をえらんでくれたんだね。
「ありがとう!美作さん!」
飛びついて頬にキスをする。
「お前・・・案外、元気だな・・・。」
「元気が取り柄だもん・・・。」
つづく -
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-
eranndekuretearigatou40 40.
合宿所の食堂で、亜門と久々にゆっくり色んなことを話した。
「つくし、お前、美作とうまくいってるみたいで、よかったな・・・。」
「うん。ありがと。」
「亜門は特定の彼女とか作んないの?」
「・・・まっ、そのうちな。」
「まだ、“思いはいつか風化する“って思ってる?」
「そうでもないかな・・・。お前が道明寺の所へ行ったとき、すっげー勇気あるなって思ってさ。
結局、俺は自分が傷つかないよう、守りに入ってただけって気付いた。」
「はは・・・、まっ、結局、私は道明寺とはうまくいかなくて別れて、ボロボロだったけどね・・・。」
「でもな、お前は変わったぞ。
まずは、もう貧乏人に見えねえし、きれいになってんぞ。
美作に女にしてもらったんだろうが?えっ??言ってみぃ~。」
亜門が笑いながら、肩に手を回しからかってくる。
「な・な・何よそれ。そういう事言わないでよね・・・ったく。
確かに今の私は、道明寺とつらい別れがあった分、学んだことを糧にして相手を大切にしたいと思ってる。
一回きりの人生、悔いなく楽しみたいものね~。
男女の恋愛観って微妙に違うだろうけど、道明寺だって私と過ごした思い出を大事にしてくれてるって思うもん。」
亜門はわたしにとって、長い付き合いの戦友みたいで、生活の価値観も似通っているし、私が言いたいことは何でもわかってくれるから、一緒に居てとても楽チンなんだ。
「そうだな・・・。この先バンド活動どうすんの?あいつと結婚しても続けられるのかよ?」
「結婚なんて・・・・。」
先日の美咲ママの言葉が頭をよぎる。
ー“そろそろお嫁ちゃんになっちゃう?”―。
もし結婚したら私、バンドを辞めないとならないのだろう。
だって、嫁ぎ先が美作商事社長の家だもんね。
"結婚"
まず、思い浮かぶのは家柄の違いという厳しい現実。
そのせいでどんなに苦しんだことか、イヤと言うほど感じた思い・・・好いた腫れたで済まされない一枚の紙の重さ。
一般家庭出身、それも超がつく極貧だよ。
そんな最悪の条件でも、温かく迎えてくださる美作家の人々って、本当に稀で寛大な人達だと思う。
本当に私で困らないのだろうか?そんな考えが心を沈ませる。
「おい、つくし!お前、美作と付き合ってること、事務所から了解もらってんの?」
「え?了解って、何の?」
「俺らの曲、CMに起用されてんだろ。契約書に色々規定が書いてあったから。」
「は?なんて書いてあった?」
「いちいち覚えてるか。ややこしくなる前に、きちんと報告して、結婚する場合の規定とかちゃんと聞いて来い。」
「うん。わかった。ありがとう。」そして、ようやく合宿が終了し、約一月ぶりに美作家に戻ってきた。
早速、暖かく迎えられ恒例のように宴が始まった。
「おかえりなさ~い、かんぱ~い。」
「どうも、ただいまです!でも、なんで、ここに西門さんや桜子と滋さん、それに甲斐さんまで居るわけ?」
「だから、お前たちの再会を祝して集まったんじゃないか・・・。あきら、牧野がもどってきたぞ、よかったな!」
西門さんに肩を組まれる美作さんは、受け流してる。
「せんぱい!桜子、嬉しいです。やっと、先輩と女同士の話ができるようになって・・・。」
「な・なにぃ・・・?」
どこまで知ってるのあんた?
「さあ、久々の感動の再会なんだし、あつい抱擁を遠慮なくどうぞ!!!」
「滋さん、そんなのここで出来るわけないじゃないですか・・・!」
「そう?別にいいのに・・・ねえ、甲斐くん。」
そう言いながら、滋さんは甲斐さんに抱きついて頬にブチューっとキスしている。
そんなあけすけな愛情表現が、ここ日本で、どうやったらスクスク育つのかな。
でも、皆、良い友達。
からかいながらも、今度こそ成就するよう応援してくれているのだ。
隣に座る美作さんと目が合って、小さく頷いてくれた。美作さん、ただいま・・・帰ってきたよ。
次第に夜も更けた。
甲斐さんは滋さんを連れ、自分のマンションへ帰っていき、桜子と西門さんはそのまま美作家で泊まることになった。
それぞれ、部屋に別れ、私もシャワーを浴びた。
ベッドで横になっていると内線が鳴る。
「牧野、寝てた?」
「ううん。まだ・・・。」
「眠い?」
「ぜんぜん・・・。」
「じゃ、寝る前のキスもらいに行ってもいいか?」
「え?・・・うん・・・。」
程なくして、ドアをたたく音とともに美作さんが入ってきた。
私を認めるとまっすぐ一目散に歩いてきて、強く抱きしめられた。
顔を私の髪にうずめ、大きく息を吸っている。
厚い胸が動くたびに私の体が押されて息苦しくなる。
「お帰り、牧野。あー生き返った気分。」
この大好きな香り、私だって待っていたこの時を。
「美作さん・・・。」
背の高い彼の瞳を見上げながら、髪の毛をなでてあげて、頬にそっと手をあてた。
愛しい濃茶の瞳が私を捉え、近づいてくる。
軽いキスから始まって、すぐに深いものにかわっていく。
「牧野・・・ずっと抱きしめたかった。」
「私もだよ。」
「たった一ヶ月だけど、長く感じた。」
「うん。あっ、チョコありがとね。」
「あぁ・・・、あれは、桜子のお勧めチョコなんだとよ。」
「ふふ、桜子も心配してくれてるからね。」
「みんな、俺らのこと見守ってくれてて、幸せだよな?」
「うん。本当に。」
「なあ、俺ら、結婚しないか?」
「えっ?」
「今すぐじゃない、そういう事も考えておいてくれってこと。」
オヤスミのキスをおでこに落とし、美作さんは背を向けドアへ向かう。
それが寂しくて、親指と人差し指で美作さんの袖口をつかんだ。
そして、美作さんの焦茶の瞳に甘えてみる。
「牧野・・・?そんな顔されちゃあ、置いていけなくなる。折角、我慢したのに。」
手を引っ張られて、ベッドの側まで連れて行かれ、見つめ合い触れるか触れないかのキスから始まる。
会えなかった時間を取り戻すように、お互い性急に衣服を脱がし合った。
そして、恋人たちの甘い逢瀬を堪能した。
つづく -
41.
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハアー ♪ ハ、ハ、ハ、ハ、ハアー ♪ 」
「(ピアノの音階を弾き続けながら)ハイ、つくしちゃん、もうちょっと行ってみよう。」
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハアー ♪ ハ、ハ、ハ、ハ、ハアー ♪ 」
「いいねえ。今日は2音上まで出たじゃない。じゃ、今日はこのへんでレッスンはおしまい。」
「あの、満先生、これ見てもらえませんか?」
私は、教わった知識を総動員して作ってきた曲を手渡した。
主旋律のみのシンプルなニ長調の曲。
軽井沢の別荘で美作さんにもらったミヤコワスレのみずみずしさを頭に浮かべながら作ってみたもの。
音符の基本をしっかり教わると、意外と簡単に楽譜に落とせるもので、出来たときはすごく嬉しかった。
満先生は2・3箇所ペンで訂正をササッと加え、色々教えてくれた。
「つくしちゃんが書いたのぉ?メロディーが優しい感じでいいね。技術的なことだけど、この音符は繋げる時、こうして・・・」
作曲といっても段取りが色々あって、曲が演奏されるまでにメロディーには様々な肉付けがされる。
編曲となると、楽器の知識だけでなく、センスが不可欠なわけで、簡単に出来るもんじゃない。
メロディーを生かすも殺すもアレンジ技にかかっている。
幸い、Revolution’sにはアレンジ上手な甲斐さんがいるから、素敵な曲がいっぱい生まれているのだ。
「歌を作って、歌ったりしてるんで、楽譜に落とすとどうなるのかな?・・・って思って。」
「もう少し、ちゃんと勉強してみる?いつでも見てあげるからさ。」
「はい、満先生、是非。」
いつか自分で作った曲をrevolution’sで歌えればいい。
思いを楽譜に載せて誰かに届けれるなんて、夢みたい・・・。やがて、コンサートの日がやってきた。
天気は晴れ。
収容人数900人。チケットは完売。
警備のスタッフから事務所のスタッフまで多くの人の力を借りて今日の日を迎えた。
何度も練習して歌ってきた。
後は間違えないように思い切り歌って届けるだけ。
舞台へ出る間際はいつも緊張するけど、今日は特別緊張する。
舞台袖でメンバーそろって気合をいれて、いざ舞台へ。
ライトが迷路のようにスクランブルし始め、修のカウントを合図にいっせいに大きな音が流れ、場内を沸かせた。
ライトは焦点を見つけたようにrevolution’sを浮かび上がらせる。
何度も何度も練習した曲が私の体の一部のように、自然と口から出てくる。
私自身が楽器になって、歌詞をつむぎだし歌う。
目の前の観客に伝えたくて、思いをこめて歌う。
曲のメッセージを声帯を使って空間に飛ばせていく。
心も体もオープンに、五感を使って感じて欲しい・・・私たちの音を。
・・・ねえ、届いてる?感じてる?耳を開いて聞いて欲しい。
コンサート会場を満たす私たちの音に観客が揺れていた。
私の心も震えだし、歌姫に変身していく。
歌うために存在する楽器となって、スポットライトの明かりに照らされる場所へ、私の音も届けたい。
全13曲を演奏しきり、アンコールを迎える。
絶叫に近い女の子達の“あもん~”“ハルさ~ん”という嬌声。
観客の割れんばかりの歓喜の声がなによりも嬉しかった。
観客みんなに感謝の気持ちをこめて歌う。
今、ここに立てる運命に感謝し止まない。舞台が無事終了し、楽屋へ戻る廊下でもまだ興奮は冷めないメンバー。
「つくしちゃん、今日のノリよかったぜ!」
音に関しては口うるさいハルが、めずらしく私を褒めてくれた。
「ハルもかっこよかったよ!!」
「あったりめーだ!俺よりカッコいいギタリストいたら、教えろ!」
「はいはい、居ません!!」
楽屋へ戻り着替えをし終わった頃、ちょうど、美作さんと西門さんと桜子と有紀が顔をのぞかせた。
日ごろの感謝をこめて、皆にチケットを渡しておいたので、こうして見に来てくれたのだ。
みんなは口々に“すごく良かった~、いいコンサートだった”って言ってくれ、曲の感想、トークの感想、照明の感想といろいろ聞かせてくれた。
「じゃ、そろそろ、いくわ。またあとでな。」
美作さんは帰ろうとする。
「え?帰っちゃうの?」
「この後、お前、色々あるだろ?」
打ち上げのことを言ってくれてるのだろうけど、なんだか別れるのが寂しい。
こうして大人の気遣いをしてくれて、仕事をやりやすくしてくれるのだけど。
そんな美作さんを見ると、つい甘えたくなる。
『わがままだけど、一緒に居たい。』って、口から出そうになる。
人に甘えることなんて知らなかった私が、美作さんに教えてもらった感情だ。
「牧野、飲みすぎるなよ!」と肩をポンとたたいて、皆と一緒に行ってしまった。
楽屋にポツンと歌姫の私が残された。
つづく -
eranndekuretearigatou42 42.
ここはMCレコード会社の会議室。
「つくしちゃん、つくしちゃんが美作商事の美作さんとお付き合いをしているのは、後藤田から報告うけてるから知ってたけど、結婚とかなると困るなあ・・・。」と藤巻さん。
亜門からCM規定のことを聞いたとき感じたいやな予感が的中した。
「いや、結婚って別に決まったわけじゃないのですが。一応、結婚を前提におつきあいしていますっていうことなんですが。」
「今、revolution’sが2本のCM契約してるのわかってるよね?
契約は3年間、バンドの解散はしないこと。
それから、個人的・人為的理由によりバンドの人気に悪影響を与えたり宣伝商品に悪影響を及ぼさないことなど。
もし、契約を破れば莫大な賠償責任が発生することになっているんだ。
バンドのシンボルのつくしちゃんが結婚によって与える影響のリスクは高いと思う。
Revolution’sはビジョアルでも売ってるバンドだからね、イメージの損失は多分起こりうるよ。
それにね、美作商事さんは優良企業だけれども、CM契約している会社とどこかで競合している部門なり関連会社があるかもしれないもんなあ。
つくしちゃんだって、今、伸び盛りなんだから結婚なんかより歌に集中してがんばってよ。
頼むよ。」
そう言われてしまうと返す言葉も無かった。
歌を歌うことに気を取られ、契約なんて気にもしていなかった。
知らない間に、課せられていた身を縛る内容。
いや、“もう、恋愛なんてできない”って思っていたあの時は気にも留めなかっただけ。
でも、美作さんとの事を真剣に考え出した今、初めて契約の重大さに気付いた。
『3年間ね。美作さんはなんて言うだろう。』
“俺たち、籍入れないか?”って言ってくれた真剣な瞳を思い出すと、美作さんになんて伝えればいいのかわからない。美作さんに何て切り出そうかと思いあぐねるうちに、時間が流れるように過ぎていった。
そんな折、イタリアの美作パパが健康診断ですい臓に腫瘍が見つかったという知らせが入る。
初めての事に、心配でオロオロする美咲ママを連れ、美作さんはすぐにイタリアへ飛んだ。
Trururururuururur・・・・・trurururururururu・・・・・
「おっ、牧野か?俺」
「美作さんでしょ、言わなくても分かるよ。」
「あっ、そうだな。変わりないか?」
「クスッ、“いってらっしゃい”って昨日言ったばっかりじゃない。クスッ。」
「そ・そうだな。」
「ねえ、お父様の様子どう?」
「まだ精密検査の結果でてないから、なんとも言えないな。
相変わらず、おふくろがビビってて、まるで重病人相手みたいに世話するから、親父はデレデレしてるかな。」
「久しぶりに会うんだしね。本当に仲いいよね。」
「なあ、牧野、お前何か俺に言いたいことあるんじゃねえ?なんか、隠してるとか・・・ちょっと、気になってたんだけど。」
「べ・べつに・・・。」
「そうか、じゃ、また電話するわ。」
気付かれてたんだ・・・。
帰ってきたら、ちゃんと整理して言わなきゃ。
けれども、事態は予想外の方向に進んでいった。ミラノにある病院の特別室で、口にカットフルーツを入れてもらってデレデレ嬉しそうにしている親父。
「あなた、いっぱい食べてね。お医者様が長年にわたるストレスも関係してるかもしれないっておっしゃってたわ。しっかり休んでくださいね。」
「親父、本当によかったよな。悪性じゃなく、良性ポリープで。」
「ほ~んとよかった~、ママ、健一さんに何かあったら生きていけないもの。」
涙ぐむ母親。
「心配かけたな、美咲。
そこでだ、あきらに話がある。
俺は、美咲としばらく日本で一緒に暮らしたくなった。
お前は、こないだの横浜みなとみらいプロジェクトをやり遂げて実力がついてきたところを見せてくれた。
社内評価も上がっている。そろそろ副社長としてイタリア支店をまかせたいのだがどうだ?」
「・・・、はい。」
「このままここに残って引き継いでくれないか?」
「ちょっと親父、待ってください。実は、俺、心に決めた人が日本にいるんです。だから・・・」
「牧野さんのことだろう?」
「はい。そうです。」
「一般家庭の子だそうだな。ふふ、だからといって、結婚に反対するつもりはないぞ。
まっすぐな瞳をしたかわいらしいお嬢さんじゃないか・・・。聞けば、美咲も娘達も相当気に入ってるらしい。
その人と、将来を一緒に築いていきたいんだろ?
そんな大事な思いを諦めらきれるものわかりのいい人間になられても困る、ハッハハ。
何も問題ないじゃないか・・・。結婚して、こっちで一緒に暮らしたらいい。」
「実は・・・あいつは今、日本を離れられないんです。」
「それはどうして?」
「あいつは、日本のバンドで歌を歌ってます。
RCレコード会社からCDデビューもして、売れ始めたところですし、多分、CM会社との契約規定があるはずですから・・・。」
「それは、契約が切れるまで待つという事か?」
「わかりません。
でも、全て牧野の希望通りにしてやりたいと思います。
もし、牧野が付いてきたいと言うなら、俺はどんなことをしても連れてきます。」
「ホホホ・・・、たいした覚悟だな。いいだろう、その時は援助しよう。」
ヨーロッパ、特にイタリアに強い美作商事を束ねるために、イタリア駐在は欠かせないものだと分かっている。
親父のポリープ事件があろうがなかろうが、俺のキャリアを考えたときにも、次のステップとして今行くべきなのだ。
ただ一つ、牧野が側にいない生活に俺は耐えられるだろうか・・・。
牧野のぬくもりを知ってしまった今、考えるだけで萎えてくる。
牧野はなんと言うだろう・・・。
とにかく、牧野と話をするため帰国の手配をした。
つづく -
eranndekuretearigatou43 43.
美作さんがイタリアから帰ってきた。
「おかえりなさい。」
玄関でにっこり出迎えると、使用人の前で美作さんに抱きしめられた。
「牧野、大事な話がある。後で俺の部屋にきてくれないか?」
「うん、私も、話があるの。」
トントン・・・
「どうぞ。」
「おじゃまします・・・美作さん、疲れてない?」
「ああ、大丈夫だ。」
改めて、私を捕まえぎゅっと抱きしめる美作さん。
その香りに包まれて、ポーッとなりそうだ。
でも、美作さんの様子がいつもと違っていることに気付いた。
いつまでも無言のまま顔をうずめて、どうしたのか顔をのぞきたいのに、強く抑えられていて身動きできなかった。
「ねえ、美作さんどうしたの?なんか変だよ。もしかして、本当はお父様のお病気がひどかったの?」
「親父は元気だ。良性ポリープで経過観察らしいし・・・。」
「そう。よかった。」
「実は、その親父なんだけど、ちょっと弱気になったせいか、日本に戻ってここで暮らしたいらしい。それで、親父の代わりに俺がイタリア支社を統括することになったんだ。」
ゆっくり言い聞かせるように言う。
「それって、美作さんがイタリアへ行っちゃうって事?」
無言で頷く美作さん。
レコード会社との契約のこと言わなきゃ、早く言わなきゃ・・・そう思っているのに、頭がボーっとして、ただ大粒の涙が後から後からあふれてきて止まらない。
目の前が揺れていく。
「わ・わたし・・・・、ごめんなさい。」
「牧野?」
「・・・あのね、あのね、私、イタリアへは行けないの。結婚もだめだって言われたの。」
涙でぐちゃぐちゃな顔で、一生懸命伝えた。
「CM会社との契約か?」
「し・知ってたの?」
「そんなところだと思ってたよ。んで、何年だ?」
「え?何年?・・・ああ、えっと、3年間は、バンドに悪影響を与えるリスクを犯せないの。」
「やはりな。それで、牧野はどうしたい?」
「へ?」
「だから、どうしたい?残る?・・・、俺と一緒に行く?」
え?だから、言ったでしょ。
契約があるから行けないんだよ・・・。聞こえてたよね?
美作さんの真意が分かりかねて、穴があくほど見つめていた。
「あのね、契約を破棄したら、すっごい賠償責任を負わされるんだって。お金だけじゃない、色々迷惑もかかる。
事務所の人にもバンドのスタッフやメンバーにも・・・。」
美作さんは、わたしの両肩に手を載せて、私の瞳に向かって静かにゆっくりたずねる。
「まきの、お前はどうしたい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「もし、俺が問題を解決できたら、一緒に来るか?」
「美作さん・・・。」
私の頭は混乱していた。美作さん、一体何言ってるの?
問題を解決?そんなことできるわけないよ。
私には理解できない。
『結婚は出来ない。・・・籍は入れられない。・・・バンドは辞められない。・・・イタリアへは行けない。・・・』
もうなにがなんだか、自分が何をしたいのか、どうするべきなのかわからない。
突然、谷底へ脚を突っ込んでしまったみたいに、どこにも足場が見えなくて動けない。
助けて欲しいよ、美作さん・・・。
「私、どうしたらいいのか分からないよ。ねえ、どうしたらいい?ううっ・・・私だって離れたくなんかないよ!!」
激しく取り乱し、泣き叫ぶ私。
「牧野!牧野!落ち着け!なっ、大丈夫だから、落ち着け!」
震える私の体を、胸の中に閉じ込め、きつく抱きしめてくれる。
「大丈夫だから・・・大丈夫だから・・・。しー、しー、しー」
大きくて暖かい手で、長い間背中をさすってくれた。
私の呼吸がようやく落ち着いてくると、頭をなでながら後頭部をつかんで、私の顔をのぞきこんだ。
「俺は牧野が一緒に行きたいと言ってくれるのなら、なんだってしてやる。紙の上で生じたものは、心配するな。
大事なのは、牧野がどうしたいかだろ?わかるか?そうだろ?
俺は牧野と結婚したいと思っている。
結婚してもバンド活動を続けたければ、俺は全力でお前を守ってやるつもりだ。
けど、俺はイタリアへ行く事になった。
問題は、牧野が離れて暮らすことを選択するかしないか・・・。
つまり、牧野がバンドをあきらめるかどうかなんだ。」
美作さんは、涙が乾いたばかりのわたしの瞳に向かって、わかりやすく話してくれる。
私はどうしたい?
やさしい美作さんは、私を強要することも惑わすこともせず、まっすぐに私の気持ちを優先したいと言ってくれている。
愛する人に強く愛され包まれる喜びで、地に足がつかないほど幸せで、この幸福感をファンに伝えたいと思ったのがついこないだなのに、なんということだろう・・・。
そのぬくもりが海の向こうへはるか遠くへ行こうとしている。「ちょっと考えさせて・・・。」
「ああ、わかった。 今日は、このままここで休むか?」
「・・・、離れたくない。」
美作さんは、私を横抱きしてベッドへ連れて行こうとした。
「ねえ、待って。何か飲みたい。」
「うん?何を飲む?」
「お酒・・・。」
美作さんが帰ってきたのに、悲しい気持ちでいたくなかった。
考えないといけないことは、今だけは忘れたい。
「お酒?めずらしいな・・・。」
私の表情を伺いながら、ソファーにそっとおろしてくれた。
「ウイスキーをお願い・・・。」
「おいおい、水割りかよ。」
「ストレートで。」
「ふーっ、お姫様のおっしゃるとおりに・・・。」
私は手渡された茶色い液体を見つめてから、美作さんとグラスをあわせた。
口に液体を流し込むと、喉が焼けるようにヒリヒリした。
そんないつもと違う私を見つめ、そこに居るだけで私の心を引き寄せて止まない人。
『愛してる・・・美作さん・・・・。』
心から自然にいくらでも湧き出る美作さんへの愛の言葉。
だのに、こんなに幸せな最中、胸中ではチラチラと異質な明かりが瞬いていた。
さっきからずっと気になって仕方なかった。
意識を向けると、その消えない小さな明かりは少しづつ明瞭に存在感を主張しだす。
美作さんといるのに、まだ見たくないし、知りたくない面倒なもの。
手の中のグラスをグイッと空けた。
「いいの!」
「・・・・今、水を持って来・・・・・」
立ち上がろうとする美作さんの言葉をさえぎり、
「ねえ、美作さん、抱いてよ。」
見上げて言った。
「壊れてもいいから。」
つづく -
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eranndekuretearigatou45 45.
翌朝、私はバンド練習の予定をはずせなかった。
まだベッドで眠っている美作さんを残し、自室へ戻りバスルームへ向かう。
熱いお湯をためて、ラベンダーのバスオイルを2滴たらした。
お湯から立ち上る湯気とラベンダーの香りの中、冴えた頭で色々考える。
『私は、一体どうしたいのか?』
美作さんと離れ離れになるなんて、つらすぎて考えたくもなかった。
蓋をしてしまいたかったのに、私の奥底に存在して、追いやっても消せない思い。
それは、“音楽を続けたい”という思い。
目を瞑ると浮かんでくるファンの声援。
歌を届ける喜びと伝えたいと願う熱い志。
自作の曲をバンドで歌いたいという夢。
始まったばかりで、これからだよ。
違約金や迷惑をかけることはいけないこと。
そんなことより、改めて美作さんが気付かせてくれた一番大事な今の気持ち。
どこまでできるかわからないし、明日のことは誰もわからない。
わかるのは、後悔だけはしたくないから、もう少しだけこの世界でやってみたいという気持ち。
美作さんにも、どうかわかってもらえますように。練習は、心ここにあらずで、マネージャーが呼ぶ声に気付かなかったり、亜門の指示を忘れたり、歌詞を入れ違えたりが目立った。
恋人と離れて音楽を続けたいと思ったくせに、脆い自分が情けない。
何をやってるんだろう私。
しっかりしろ・・・つくし!!
どこからか聞こえてくる活を入れる声。
私は英徳でF4に逆らった牧野つくし。
赤札張られて全校生徒を敵に回しても、踏ん張ってきた、F4目当ての女狐たちからのイジメに耐えた私。
あの雑草魂を思い出せ!
ようやく、決心が固まった。
練習が終わったら、すぐに返事をしよう。美作家の玄関に入り、美作さんは帰っているのか使用人に尋ねると、自室にいるらしい。
そのまま美作さんの部屋へ向かった。
トントン・・・
「はい。」
「私。入っていい?」
「おう、牧野、お帰り。」
ニコリと微笑む美作さん。
「ただいま。・・・あ・あのさ、昨日の話なんだけど。」
「ああ。」
立ったまま、私を見つめている。
一・二歩、前に歩み出てから口を開いた。
「私、音楽を続けたいの。
今、音楽をあきらめるなんて、やっぱりできない。
一緒にイタリアへは行けないよ。
もちろん、美作さんのこともあきらめるつもりもないから、虫のいい話かもしれないけど、会いたくなったらイタリアへ行ってもいい?会ってくれる?」
「ふっ、俺の方が待てなくて、顔見に帰ってくるよ。」
「美作さん、わかってくれるの?」
「牧野がそうしたいなら、それが一番いいんだ。
お前、一生懸命で本当に嬉しそうにしてたの見てきたし。
牧野の返事は、なんとなくわかってたよ。
ただ、俺の方が牧野と離れてやっていけるか自信なくてさ、牧野を困らせたんだな。
もしかしたらって、あがいてみた・・・ごめん。」
「ごめんね。美作さん。」
「だから、謝るなって。」
「うん。」
美作さんが近づいてきて、私の腕をとる。
「俺は、離れていてもお前に対する気持ちは何ら変らない。
やっとつかんだお前を誰にも渡す気なんかないからな、忘れるなよ。」
そういって、私を抱き寄せた。
「私だって、美作さんのこと離さないんだから。覚えていてよ。」
厚い胸板の後ろに手を回し、思い切り抱きしめ返す。
大好きな香りの中で、このままこの中に溶けてしまえたらいいのに・・・と思った。
つづく -
eranndekuretearigatou45 46.
それから10日後に美作さんはイタリアへ出発することが決まり、急遽、いつものメンバーで送別会を開くことになった。
場所は、西門さんお勧めの赤坂の湯葉料理専門店だ。
「司がNY、類がフランス、そして今度はあきらがイタリアに行っちまうんだな。
俺は、ずっと日本にいるから、帰って来たときは連絡しろよ。なっ!あきら。
牧野のことは、心配するな。ちゃんと、俺が相手しておいてやるからさ。」
そういって、私にウインクする軽い調子の西門さん。
F4のうち三人は海外へ出て、いよいよ日本経済を牽引するトップクラス企業家として戦うことになる。
西門さんだって日本を離れずとも、悠久の昔から伝わる日本文化の継承者として、また、西門流派の頂点に立つ重責を担い、将来は日本の顔となっていくはず。
今さらながら、すごい人たちと一緒に過ごしてたんだなぁとしみじみ思う。
「先輩、美作さんに付いていかなくても本当に大丈夫なんですか?遠距離恋愛カップルって、自然消滅多いですからね・・・。」
桜子からピシャっと水をかけられたような言葉。
「よくわかってるよ。遠恋の大変さは・・・。でも、だ~いじょうぶ。」
にっこり笑ってピースする。
「先輩、イタリアの女性って情熱的で、ナイスバディーなんですよ。イタリア料理を勉強しにイタリアへ渡って、大概の男が、現地妻作っちゃってますもんね・・・。」
「桜子、あんた、それでも応援してるつもり?」
「もちろんですよ。先輩!桜子は心配なんです。」
こんな言い方しかできないけど、桜子なりの応援の仕方だって重々承知している。
「実はね、遠恋成就のために私たち二人で色々考えたんだ。ねー!美作さん。
とっておきの作戦とは、ジャン♪☆絶対何があっても毎月一回は顔を合わせること。もし、破ったら、コチョコチョの刑。」
この作戦は、実は、美作さんとベッドの上で考えた秘策。
「・・・・・。」
黙り込む桜子。
「いいねぇ~、その作戦!コチョコチョしちゃうの?30分以上はしなきゃだめよね・・・。」
嬉しそうな滋さんが、身を乗り出してきた。
「そんな刑で罰になんの?相変わらず、刑罰のセンスゼロだなぁ~お前。あきらが、嫌がるようなのはなぁ・・・・たとえば、一週間風呂無しというのはどうだ?」
「さっすが、幼馴染み。痛い所つきますね。センスグッドです。」と桜子。
「総二郎、それは仕事に差し支えるだろ!だめだ。」
黙って聞いていた美作さんが、あわてて拒否する。
「そんなの、私だっていやだよ・・・。」
私は平気と思ってた?西門さん?
その後も勝手な意見を出し合い盛り上がっていた。私が化粧室へと席を立った時に、優紀も小走りで追いかけてきた。
鏡の前で、久しぶりに二人っきりで話をする。
「ねえ、つくし、とっても幸せそうだね。
私ね、美作さんがイタリアに行くって聞いた時、つくしばっかりそんな目に遭うのはなんで?て思った。
でもさ、つくしは落ち込んでないし、むしろ、やる気になってるっていうか、益々パワーアップしてるからびっくりしたよ。
なんだか、中学の時の元気で人気者だったつくしを思い出した。
これも、誰かさんから愛情をた~っぷりもらってるからだろうね・・・ホント、うらやましいなぁ。」
「やだ、優紀。なんだか照れるよ。
私がここに居るのはみんなのお陰。優紀のお陰でもあるんだよ。
あたしさ、美作さんには甘えたくなるし、甘えさせてあげたいって思う。すっごく、不思議で新鮮な感覚。」
「よかったね、つくし。遠恋、がんばれ!」
「ありがとう、優紀。」あっという間に、美作さんがイタリアへ発つ前日となった。
急に決まったイタリア行きのため、準備で多忙を極める美作さんとは、湯葉料理以来なかなか話せず、すれ違ってばかり。
でも今晩だけは、どうしても一緒に夕食を食べて、ゆっくりと二人の時間を過ごしたかった。
メールに「もちろん、一緒にすごそう」と返事をくれた美作さん。
テーブルに頬杖をついて、帰りを待っていると、メール着信を知らせる音が鳴る。
♪タンタラタンタラ~ン
「ごめん、遅れたけど、あと30分で帰れるから」
今晩は厨房の方にお願いして、久々に腕を振るってみた。
私の手料理をここで二人で食べるなんて、美作家では初めてのことだった。
携帯を握り締め、空にキラキラ光る星を眺めつつ、今までのことを振り返ってみる。
毎日、バイトばかりで自分のことは後回しだった英徳時代
スーパーの安売りの日は、確か水曜日だったっけ・・・もう忘れたよ。
あの頃、美作さんに喜んでもらった揚げ出し豆腐、作ってみたけど、思い出してくれるかな?
今日のお豆腐は厨房でいただいた高級品だから、味が違うかもね。
亜門に偶然再会して音楽の世界に入って、デビューするなんて大事(おおごと)を誰が想像できただろう。
歌うことを仕事にしてるなんて、信じられないよね。
知らぬ間に美作さんに恋して、素直に好きだと言える自分、そんな自分が好きになれた。
考え事はそこで途切れ、いつの間にかダイニングテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
「チュッ・・・」
頬に当たる柔らかな暖かい感触。
この香り、好きなんだぁ・・・落ち着く香り。
肩をやさしく撫でてくれる大きな手。
気持ちいい・・・。
そっと、瞼をあける。
スーツ姿の美作さんが、きれいな顔で覗き込んでいた。
「あ・・・、ごめんなさい。寝てたの?私・・・。おかえりなさい。」
「くすっ、ただいま。牧野、待ちくたびれたみたいだな。」
美作さんが着替えの間に準備をし、二人きりの時間が始まった。
人払いをしたようで、私たち以外、誰の気配も感じられない。
「じゃ、牧野のバンド活動に乾杯!」
「美作さん、ちがうでしょ。今日は、美作さんのイタリア支社での活躍を祈って・・・でしょ。」
「まあ、そうだな。俺たちの未来に乾杯だ。」
「ねえ、美作さん、留守の間、時々美作さんの部屋行ってもいい?」
「・・・?」
「だって、一番美作さんを感じられる場所なんだもん。」
「牧野の好きな様にしていいぜ。」
「俺が、牧野を感じたくなったら、どうしようかなあ・・・。なあ、牧野、呼んだらすぐに飛んできてくれるか?」
ニヤリと笑みを浮かべながら聞いてくる。
「それは、いくらなんでも無理でしょ。私だって、お仕事あるし。」
「じゃ、まず、早いうちに牧野がイタリアへ来ること。それで、たっぷり牧野の残り香をつけてもらおうか。」
「私、香水つけてないし。シャンプーのにおいなんて、すぐ消えるでしょ。」
「お前、わかってないよな。」
「何が・・・。」
「男には、視覚的残像があればいいんだよ。」
「あの、それはどういう残像で?」
「ベッドの上の色っぽくて可愛い牧野とか・・・まあ、色々だ。」
「//////、ちょっ、ちょっと、そういう事はっきり言う?」
「お前、いつまでもそういうところ照れて可愛いよな・・・。」
「あ・ありがとう///。」「そうだ、美作さん、この揚げ出し豆腐覚えてる?」
「おう、昔作ってくれたやつだよな。」
「覚えていてくれたんだ・・・。嬉しい。」
「あの時、類もいたよな?あいつ、もう一個食いたがってさ、俺が来たからお代わりできなくなったって怒ってやがった。
なつかしいよな。」
「うん。さっき、美作さんを待ってる間、私も色々思い出してたんだ。
クスッ、美作さんも私の作った揚げ出し豆腐をおいしいって言ってくれて、花沢類と揚げ出し豆腐をめぐって揉め始めて・・・クスッ、結局、花沢類ったら最後は不貞寝しちゃったね・・・。」
「なあ、本当に俺でいいんだよな?」
「美作さん・・・冗談でもそんなこと言ったら、怒るよ。」
「今さら、ダメって言われても認めないけどな・・・。」
「わたし、美作さんにいっぱい愛されて、自分のことも凄く好きになった。
美作さんのこと考えたら、いっぱいいっぱいの自分がいるのに、まだ自分のことも好きになれるなんて、私ってすごいよね・・・。正直びっくりだよ。
これから、やりたいことを精一杯やってみようと思うし、今ならやれそうな気がするの。
美作さんが教えてくれたんだよ、ありがとうね。」
感謝をこめて、美作さんが大好きだという笑顔を向けた。
「・・・いいな、その笑顔。牧野、頑張れよ。」
夕食の時間は、和やかに過ぎていった。
「牧野、渡したいものがあるんだ。部屋に行かないか?」
「うん。」
つづく -
eranndekuretearigatou47 47.
二人きりの夕食を済ませ、美作さんの部屋へ行った。
「ここから、きれいに星が見えるね。」
「牧野、こっち向いて、手を出して。」
「右?・・・左?」
「どっちでも好きな方。」
差し出した右手首に高級そうな腕時計をはめてくれた。
「はい、これプレゼント。 特に何てことないけど、強いて言えば、俺とずっと一緒って思って欲しいから。どう、気に入った?」
「どうって、これ私に? これ、ブルガリでしょ、文字盤にダイヤモンドもついてるし、すごいよ。」
「俺もそのメンズを持ってるんだ。俺のは文字盤がちょっと違ってるけど。
ブルガリはイタリアで生まれたブランドで、ジュエリーもあるぜ。牧野がイタリア来たとき、一緒に見に行こうな。」
「こんな高価なものを・・・。もらってばかりだね、私。」
「そんなことないって。今日だって、おいしいご飯作って待っていてくれただろ、そういうの、凄く嬉しい・・・。
今日は、類の奴もいないし、牧野の揚げ出し豆腐をなんといっても独り占めだからな。」
手料理をほめられたのはやっぱり嬉しくて、笑顔を返す。
「そんな可愛い笑顔を見せてくれるのも、すごく嬉しいし。」
美作さんこそ、優しく微笑んでくれて、そして、抱き寄せてくれて、幸せにしてくれる。
「俺、これから牧野が側にいない生活に耐えられるかな・・・・。」とぽつりと言う。
「美作さん・・・、呼んでくれたら飛んでいくよ・・・、すぐ行くから・・・ねっ!」
背の高い美作さんの頭の後ろへ両手を回し、ぐいっと自分の肩まで寄せて、髪を何度もなでてあげた。
かがむような姿勢なのに、美作さんは何も言わず私にされるがまま、じっとしたままだった。
いつも完璧に見えて身体も大きな美作さんが、私の腕の中で幼子のようにじっとして動かない。
美作さんの寂しい気持ちが伝わってくるから、私もありったけの愛情で安心させて送り出してあげたかった。
私たちは、その晩、遅くまでベッドの上で話しをし、そして、お互いのぬくもりを忘れないように、明け方まで何度も何度も深く交ざりあった。翌日、空港には西門さん・滋さん・桜子・優紀がきて、一緒にお見送りをした。
「あきら、後のことはまかせとけ!」
西門さんが私の肩に手を回しながら言う。
「おい、総二郎、牧野に指一本でも触れたら、縁切りだからな。」
美作さんがジロリと西門さんをにらんで言う。
こんな厳つい美作さんってレアだ。
「ヒュー、こえーな、マジになるなよ。」
「アッキー、滋ちゃんがつくしに悪い虫が付かないように、貼りついておくからって。」
「おう、よろしく頼むな。滋。」
「先輩は美作さんにメロメロですから、大丈夫だと思いますよ。・・・。」桜子が言う。
「そうか、桜子に言われると、そんな気がしてくるな・・・、ありがとうな。」
美作さんは私をそっと抱き寄せると、
「じゃあな、行ってくる。すぐ、来いよ。」
耳元でそう言って、頬に軽いキスを落とし、手を振ってゲートをくぐっていった。
「行っちゃった・・・。」
ポツリとこぼすと、優紀が手をつないでくれた。
「つくし、頑張るんでしょ?」
「そうだね。」
「それにしても、今日のつくし、誰だかわからないよ。」
「そう?これ、桜子に変装の指導してもらったんだ。」
「優紀さん、今日のコーディネイトは桜子の一押しですから。
ハンチングハットにアップした髪の毛を全部いれて、うっすら色の入った伊達メガネ。ナイロン系のオーバーコート。
Revolution’sのつくしだなんて、気付かれないでしょう?」
桜子が優紀の横で言う。
「そうですね、こういうお洒落な帽子を普通にかぶっている人、結構いますもんね。目立つようで目立たないかも。」
今日ばかりは空港でちゃんと見届けたかったから、桜子にお願いをした。
美作さんが言ったとおり、桜子は変装もなぜか得意で本当に助かる。
空港を出ると、スッキリとした青空が広がっていて、今日から始まる遠恋のスタートには最高の天気だった。
『よし、頑張るぞ!!』それから一週間、あっという間にすぎた。
美作さんと入れ替わるように、健一パパと美咲ママが帰ってきたからだ。
「いやぁ~、つくしちゃんだね。一度、ちらりとお目にかかったことあるけど、覚えてくれてるかい?」
「はい。もちろんです。
・・・あの、美作さんのご好意でこちらに随分お世話になっておりますのに、きちんとご挨拶もせず、本当に失礼しました。牧野つくしと申します。」
「いいんだよ、つくしちゃん。今まで通り、ここを自分の家だと思って過ごしなさい。
お陰で、あきらも本気を出してくれたみたいだし、美咲や娘達も喜んでいる。
僕が帰ってきたからと言って出て行かれちゃあ、皆に総スカンをくわされるからな・・・ハッハハ・・・。」
「あなた、つくしちゃんの歌声って、すごくきれいなのよ。若々しく伸びやかで。」
「そうか、じゃあ、夕食の後、何か歌ってもらわないといけないな。」
「は・・・?」
お金持ちのこの方たちは、この手のことを一度言いだしたら、私が何を言っても暖簾に腕押し。
案の定、アカペラでrevolution’sの持ち歌から英徳の校歌まで歌わされ、最後の方は、大層ご機嫌な健一パパが日本の懐メロソングを歌いだし、お陰ですっかり和やかなムードになり、こうして健一パパと呼ばされることになった。
健一パパは見た感じは美作さんに似ている。
けど、とても豪快で強引、そして懐メロ好きなことがわかった。そして、今、私はなぜだか、健一パパご一行と一緒に軽井沢の別荘にいる。
美咲ママからお庭を一緒に見ましょうと半ば強引に誘われて、オフを奪われたのだ。
私が寂しがらないようにと美咲ママの配慮が嬉しい。
夕食後、美作さんと歩いたお庭をのんびり歩いていた。
すると、庭のテラスのリラックス・チャアーに先客の健一パパがいて、一緒に座って話をした。
「あきらと会えなくてさびしくなった?」
「まあ少し、・・・////。」
「あきらには、小さい頃から色んな教育を受けさせた。
つらくても将来きっと役立つと思ってね。
何をやらせても文句を言わない子でね、留守がちだった僕の代わりに、美咲にも優しく接して、まだ小さかったのにわがままも言わず、色んなものを受け入れようとする子どもだったんだ。
僕はね、そんなあきらに感謝しているんだよ。
美咲があんなだろう?なのに、仕事が忙しくて、あきらに任せることが多かったし、小さな娘たちの父親代わりもしてくれている。
だから、あきらが選んだ人がどんな人であろうが、迎え入れてあげようとずっと思っていた。」
「健一パパ・・・。」
「イタリアでつくしちゃんのことを話すあきらは、真剣な顔してたよ・・・反対するつもりなんてなかったのに、心配だったんだろうな・・・クククッ。
あきらは、自分を抑え過ぎるところがある。
それを分かってやって時々開放してやって欲しい。これからのあいつには側で支えてやってくれる人が必要なんだよ。
つくしちゃんだったら、何も心配ない。これからもあきらのことよろしく頼むよ。」
健一パパはそう言って、美作さんみたいな優しい笑みを浮かべた。
こんなに素敵なお父様から愛情をいっぱいもらってたんだね・・・美作さん。
「はい。こちらこそよろしくお願いします。・・・」
胸がいっぱいで、これだけ答えるのが精一杯だった。
つづく -
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その夜、どうしても美作さんの声が聞きたくなって、電話をかけた。
向こうは、昼間のはずだから仕事中だろう。
でも、こんな気分のまま我慢してると、遠恋は続かないって思う。
Trurruuuuuuu・・・・・・trurururuururu・・・
「牧野?」
「あっ、美作さん。ごめん、仕事中に。」
「いや、大丈夫だ。どうした?」
「別に急用じゃないんだけど・・・さっき、健一パパと色々話をしてたら、なんだか美作さんの声が聞きたくなってさ。」
「うん?何を一体話してたんだぁ?どうせ、ろくな話じゃないだろ?」
「いいお話だったよ。」
「どんな?」
「小さい頃の話とか。美作さんのことよろしくって頼まれちゃった。」
「で、牧野は何て答えたの?」
「そりゃ、こちらこそ・・・みたいに。なんだか、今、胸がいっぱいだよ。
ねえ、美作さん、約束してくれる?私の前でいろんな事我慢しないで欲しいし、たまには我侭も言って欲しいからね。
私は美作さんのことなんでも受け止めたいの。」
「そうか、わかった・・・ふっ。お前だって、溜め込むなよ。
じゃあ、早速だけど1つ。俺、牧野に早く会いたい。」
「えっ、まだ一週間しかたってないよ。・・わ・わかったよ、オフの日、調べておくから。」
そこで用事が入ったらしく、慌しく電話を終えた。事務所でコンサート企画会議の後、マネージャーをつかまえオフをお願いしてみる。
すると、2・3日まとめて休めるのは、ナント早くて一ヶ月先だという。
「えっ、それじゃあ困るんです。なんとか、もうちょっと前に。」
「ラジオ収録とライブも入ってるし、新曲予定もいれてますから、2・3日の休みは無理ですよ。」
後藤田マネージャーに頑と言われた。
一ヶ月に一回会う約束は何だったの?こんなのじゃ、、初っ端(しょっぱな)から無理。
しかも、私から破ってしまうことになるとは思ってもなかった。
今後のスケージュール作成では、できるだけオフをまとめて欲しいと後藤田さんに頼み込んだ。
けれども、後藤田さんは難しそうな顔で、あまり期待しないように釘を差す。
どうしよう・・・。
約束したのに・・・。
へこんでしまうよ。
そこへ、亜門がやってきた。
「休みの調整?」
タバコに火を点けた亜門。
「うん。美作さんに会いに2ヶ月ごとにイタリアいくのって、やっぱ無理なのかなぁ。」
「その約束自体が無謀だろ。美作だって、そんなにひんぱんには帰国できないだろうし。」
「へ?そう思う?」
「移動時間だって半日かかるし、時差だってあるだろ?日本国内の移動と訳が違う。」
じゃあ、現実的にどのくらいのペースなら会えるのだろうか。
「まずは、目立たないようにしておけば?これ以上、イタリアの彼氏を泣かさないように。」
その日から、亜門は私の愚痴を聞いてやるからとご飯に連れて行ってくれるようになった。Revolution’sの人気は公式ファンクラブの会員数がうなぎ上りであることからもわかる。
この流れに乗って、更なるファンクラブ会員獲得へ向け、会員のみへ配布する写真集を作成することになったらしい。
カメラマンがライブ中や練習の休憩時にもへばり付いて、休憩中にもカメラマンはシャッターを切っていた。
「なんか、つくしさんと国沢さん、いい雰囲気ですね。二人だけ違う空気を感じるな。これ載せたら、絶対ファンのブーイング食うね。」
「じゃあ、サービスだ。」
亜門は言いながら、私を抱き寄せ、頬にチュッと口を寄せた。
カシャッ、カシャッ
「ちょ、ちょっと、亜門。こらあ~。」
「ただの愛嬌だから、そんなに反応するなって。」
「もう、まったく~。」
この時は、この写真が事件のきっかけを起こすことになるとは思いもよらなかった。いよいよ、待ちに待ったオフの日となり、私は美作さんに会いに行くため、いそいそとミラノ行きアリタリア航空機に乗り込んだ。
到着ロビーには美作さんが待っていて、顔を見るなり長い腕で引き寄せられ、強く抱きしめられた。
私もこうやって抱きしめて欲しかったくせ、照れて素直になれない。
「美作さん、人が見てるし・・・。」
でも、お構いなしの美作さん。
「牧野、やっと会えたんだぜ。会いたかった。」
さらに、腕の力を強められ、離れたかと思うと、唇に濃厚なキスを落とされる。
「はぁ、ちょっと呼吸が・・・。」
やっと解放され、肩で息する間もなく腕を引っ張られた。
「さあ、行こう。」
「どこに行くの?」
「俺んち。」
車が着いたところは、ミラノ市内のアパートメントだった。
「ここは、俺のアパート。あまり広くないけど、会社から近いしここで寝泊りすることが多いな。」
美作さんは、また仕事に戻らなければならないらしい。
部屋でゆっくりしておくよう言い残し、サッサと片付けてくるからと出かけていった。
「ふう~、美作さんやっぱり忙しそう。お屋敷じゃなくて、ここに住んでるんだ~、もったいない。」
お部屋を見て回ると、ベッドルームが3つあった。
どこが狭いのよ。
家族でも住める広さじゃないの。
何気なく窓の外を見ると、初めてみる光景にびっくりした。
視界に映る何てキレイな建物。
その建物の屋上には王様の冠みたいに周りに槍みたいなのが一杯立っていて、目を奪われる。
槍みたいなものの間に、動く人影が見える。
あんな高いところまで、人が登れるんだね。
違う方角にもヨーロッパの建物らしい塔みたいなものが見えて、改めて、イタリアに来たことを実感し、あと何時間かしたらまた美作さんとゆっくり過ごせると思うと心が弾んむ。
荷解きを済まし、その時を待つことにした。
待っていると、美作さんからのメール着信。
“冷蔵庫の中のもの適当に食べて、先に休んでいて。あきら”
仕方ないと自分に言い聞かせ、テレビのスウィッチを入れ、番組を見ることにする。
もちろん、私にはイタリア語はちんぷんかんぷんなので、美作さんが帰ってくるのがとても待ち遠しかった。
つづく -
eranndekuretearigatou49 49.
目が覚めると、窓から白い光が差し込んでいる。
ベッドの中で、気持ちよい伸びを1つした。
「うう~ん、朝?」
「牧野、おはよう。」
私の横には、この一ヶ月余り会いたくて仕方なった美作さん。
「おはよう・・・帰ってきたの全然気付かなかったよ。」
「死んだように眠ってたぞ。」
「うそっ、ねえ、今何時?」
「朝の6時前。」
「早っ・・・。そうか、時差ボケで起きちゃったんだ。美作さんあまり寝てないでしょう?」
「牧野の目が覚めたから、起きておく。」
そういって、右腕に顎を乗せ焦茶の瞳でじっと私をみつめる美作さん。
どちらからともなく寄り添い合う私たち。
美作さんの腕枕の中、心臓のリズムが心地よく伝わって、心地よい場所にやっと戻ってきたような安心感を覚える。
「ねえ、ずっとここに居るから、もう少し眠りなよ。」
美作さんの瞼を手で押さえて、その体勢でじっとした。
美作さんが眠れるよう、自分お息も愛しい相手の呼吸に合わせてみる。
すると再び、素直に眠りの世界へ戻っていく美作さんが愛しくなる。
寝かしつけて、ちょっぴり寂しかったけど、とても幸せだ。美作さんによると、今日は赴任して以来、初めての丸々一日のオフだと言う。
行きたいところを聞かれ、窓の外に見える屋上に上ってみたいことを伝えると、早速でかけることになった。
アパートメントを出ると、目前にはひっそりとしたグレイの重厚な建物。
そこはスカラ座というオペラ歌劇場らしく、静かなこの辺りも、開演時間に近づくと、うるさい程にぎわいだすという。
手をつなぎ、ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世に入った。
いわゆる、アーケード付きの商店街だけれど、ヨーロッパの一流ブランド店がいっぱいで、世界共通のマクドナルドもあり、たくさんの観光客であふれていた。
アーケードをぬけると、急に視界がパアーと開け、左方向に目的の建物が圧倒的迫力をもって姿を見せる。
「美作さん、この建物何?」
「これは、Duomo(ドゥオーモ)。イタリアゴシック建築の最たるもの。」
「きれい~。なんだか、上のほうが空と溶け合うところ、レース模様みたいね。」
「上ってみる?それぞれの尖塔には、全部聖人が立っていて、圧巻だぜ。」
「もちろん、上る、上る。」
「牧野、エレベーターもあるけど、どうする?階段でいく?暗くて狭いけど、雰囲気ある階段だぜ。」
「よし、階段で上ろう!」
私たちは、二人で何段にも渡る階段をのぼり、やっと明るい外に出た。
「うわっ~、これが遠くから見た槍みたいなやつだね?本当だ~、全部てっぺんに人が立ってるよ。全部違う人だよ・・・。すご~い。」
「牧野、こっち。」
まだ階段があって、ついていくと本当のてっぺんにたどり着いた。
てっぺんには金色のマリア像が空を背にまっすぐ立っていて、まるでこの国を静かに見守っているかのように見える。
ミラノ一望が見渡せて、すごくきれい。
日本と違うオレンジ色の屋根や砂色やレンガ色の建物。
古びた家々がぎっしり並んで、昔の人の息遣いが聞こえてきそうな所はヨーロッパらしいところかな。
「美作さん、イタリアってなんだか空気が大昔の空気みたいだね。」
「そうだな、昔の建物が多いから。」
「一日じゃあ、回りきれないよね。」
「今日はずっと観光するつもり?」
「だって、せっかくミラノ来たんだもん。明日の飛行機で帰らなきゃいけないし。」
「牧野、あと、どこに行きたいの?」
「えっと、『最後の晩餐』が見たい。」
「それは、今日は無理かもしれないぞ、あとで聞いてみるけど。あそこは、予約がいるからな・・・。」
グー。
そんな場所でも、私のお腹は鳴ってしまう。
「アー恥ずかし・・・。」
美作さんに聞かれてたと思うと、恥ずかしくて顔をあげられないよ。
さりげなくドゥオーモの側のリストランテに目配せした美作さんは、結局、その店のブランチを進めてくれる。
『最後の晩餐』予約は、残念ながら、いっぱいだった。
でも、こうして二人で手をつなぎ、ただ歩いているだけでも十分幸せだ。
私たちは、セレピオーネ公園まで町並みを眺めながら、歩いた。
途中、物々しい城壁が見えてくる。
スフォルツェスコ城というお城らしい。
このあたりにくると、観光客が激減して、イタリア人のカップルや家族連れがのんびりすごしていて、私たちも芝生に腰をおろすことにし、久しぶりの時間をのんびり過ごす事にした。
美作さんの仕事は健一パパからの引継ぎを終え、ようやく独りで仕事を回し始めたものの、現地法人の社員達にはまだ信頼されるまでは遠いのだと、その上、人種や文化の違いで面食らう場面も数多いなど、なかなかきびしそうだ。
毎日、大変なのが伝わってくる。
私も、近況を話す。
盛り上がったライブのこと。やっぱりライブハウスの方が好きだと思ったこと。ミニ写真集を出すからカメラマンに写真を撮られまくっていること。
それに、曲作りを初めて、いい感じで楽しくなってきたこと。
それから、美作家では美作さんの部屋にたびたび入ってること等いろいろ話した。芝生に寝転ぶと、高い空が見える。
この空が日本とつながっているのがとても不思議だ。
でも、こうしてつながっているから私たちは大丈夫だって思える。
いつの間にか、美作さんは眠ってしまい、頬に優しくあたる風が美作さんの髪を揺らしていた。
どのくらいの時間そこにいたのだろう、多分2時間くらい、喧騒や忙殺とは無縁の緩やかな時間の流れは心を整えてくれる。
その後、美作さんおすすめのリストランテへ行き、夕食をとった。
どれもこれも、本場の味はとてもおいしく、イタリアワインも随分いただいて、すっかり酔っ払ってしまった私。
「美作さん、イタリアっていいところだねぇ~。」
いい調子に酔っ払った私は、美作さんにふにゃけた笑顔で言う。
「でも、明日帰っちゃうんだろ?」
「そりゃあね。」
「牧野、俺・・もうギブアップしそう。」
「また、すぐ来るから。」
私はイタリアの空気にも酔ったようで、ご機嫌だった。
時差ぼけのせいで半分眠ってしまったような状態の私をどうにかアパートまで連れて帰ってくれた美作さん。
大変申し訳ないことをしたのだけれども、私はそのまま朝まで目を開けることなく爆睡状態だったらしい。
朝、美作さんが目を覚ます頃には、帰りの便の時間がせまっていて、バタバタだった。
空港までの車中で、何も言わない美作さん。
「もしかして、ちょっと、すねてる?」
「・・・。」
「今度は気をつけますから。」
「・・・。」
「ねえ、何とか言って。もう、私帰っちゃうんだよ。」
「はぁー、牧野は平気なのかよ?」
「何が?」
「何がって、愛を確かめ合ってない。はっきり言って、俺は牧野を思い切り抱きたかった。牧野はちがうのか?」
「/////// 私だって、同じだよ。」
「あーあ、折角、残像を残せると思ったのになあ、しかも、すぐ帰っちまうし。」
「ごめん・・・。でも、また日本で会えるからいいじゃん。」
「絶対、日本出張を入れるやる。」
課題を残しながら、こうして、初めてのイタリアは終った。
つづく -
eranndekuretearigatou50 50.
書き溜めていた私の曲から良さそうなのを亜門と甲斐さんが選び出し、バンドで歌い始めることになった。
亜門やハルとちがう、それはrevolution’sに幅を与える。
甲斐さんがアレンジを加えた「ミヤコワスレ」という曲は実に評判がいい、幸せな気持ちがあふれているらしくて。
こうして歌と作曲にどっぷりとつかり、スタジオで音作りをする時間が増えた。
そんな折、Revolution’sが週刊誌をにぎわす事件がおきる。
甲斐さんと滋さんができちゃった結婚することになったからだ。
某スクープ雑誌に二人が路上で抱合っている写真がフォーカスされて、滋さんのお父さんの耳に入ったことで事態が動いた。
赤ちゃんができたのなら結婚してちゃんとしろ!とむしろトントンと話しが進んだようで。
実は甲斐さんは洋酒や健康飲料を扱う横浜本社の大手貿易会社を営む裕福なご家庭の出らしい。
既にお兄さんが後をついでおり、甲斐さんが大河原家に婿養子として入ることが決まり、大河原家は問題ないようだ。
けれども、甲斐さんはバンド活動を続けたいと主張し、暫くの間はその意思を尊重してもらったらしい。
事務所の方は、出きちゃった婚ということであっけないほどスルー
雑誌を手にしてみると、路上で抱き合っている写真は紛れもなくあの二人だ。
滋さんの赤ちゃんは、小っちゃいくせに大役を果たしてて、すごいよ。チャペルの鐘が二人の門出を祝福している。
ライスシャワーを浴びながら歩く二人は、本当に幸せそうで見ているだけで胸がいっぱい。
白いウエディングドレスに身を包み、キュートで可憐ななヘッドドレスとベールの中に、満面の笑みを浮かべる滋さん。
大切な友人の花嫁姿に感動した。
「滋さん、おめでとう!!甲斐さんも!!」
「つくし、ありがとう。次は、つくしの番だよ!」
返事の代わりに心からの祝福を込めて、いっぱい笑顔を返す。
私の横には、美作さん・桜子・優紀・西門さん・花沢類がいて、道明寺は欠席だ。
「お前がそんなに泣いてどうすんだよ。」
美作さんが困ったように、ハンカチを差し出してくれる。
「だって、涙が止まらないんだもん。」
涙で声がこもっている。
「私も・・・いいですよね、結婚しきってなんだか。」
優紀も目を真っ赤にして、ハンカチで口元を覆っている。
「嬉しいのに、なんでこんなに涙が出るんですかね。」
桜子も涙をいっぱい浮かべていて、三人で肩を寄せ合った。
後の男三人は、ズボンのポケットに手を突っ込んで、私たちが落ち着くのを待っている様子。
さすが大河原財閥の一人娘、政治家はじめ大企業の社長さんが多く来席され、美作さんや花沢類や西門さんも挨拶に忙しそうだった。
また、甲斐家サイドも横浜のさすが老舗大手貿易会社なので、多くの仕事関係者と同業の芸能人が列席しとても豪華な顔ぶれ。
そして、revolution’sからのプレゼントとして、私が歌をプレゼントする番が来た。
歌うのに選んだのが、「ミヤコワスレ」という私が作った曲。
今日は、キーボードをハルが、修と亜門によるダブル・アコースティックギターをバックに歌う。
さすが、ミュージシャンで楽器が変わっても余興くらいは平気なのだ。
修は、いつもはドラムで後ろだけど、今日は前に行けるとはしゃいでいる。
静かに二長調の曲が流れ出し、私が歌をのせる。
愛しい人から送られたきれいな薄紫のミヤコワスレ。
そのみずみずしさと可憐な花を幸福に包まれた自分に重ねて歌う。
明日は今日が作るもの、一緒に作っていこうと歌う。
大きな拍手と滋さんのきれいな涙。
私もなんだか胸がいっぱいで、挨拶の言葉も一苦労だった。
「まきの・・・。」
花沢類が親指を立て、にっこりしてくれた。
「牧野の声、やっぱいける。」と西門さん。
美作さんが頭をなでてくれて、頬にキスをくれる。
優紀と桜子は泣いていて、とっても素敵な披露宴だった。身重の体を配慮して、二次会はひらかれず、西門さんと花沢類と私達は美作家へ一緒に帰ることになった。
そして、飲み足りなかったのか、そのまま宴会へと突入だ。
「総二郎、類、なんでお前ら付いて来るんだよ。」
「皆で会うのは、久しぶりだしいいじゃないか。
牧野とあきらの話も聞きたいしな、なあ、類?」
「まきのとゆっくり話したかったし。」
「そうそう、花沢類!シャンティイ城の絵葉書ありがとう。やっぱり、きれいだよねー。もしかして、わざわざ寄ってくれた?」
「近くまで行ったからさ、そのついで。今度、連れて行ってあげる。」
「おい!」と美作さん。
「あきらもお城見たい?」
「悪いか?」
「ふ~ん。・・・そういえば、まきの、シャンティイ城で結婚式挙げられるの知ってる?」
「ほんとに?きっと素敵な思い出になるだろうな~憧れるな~。今日のチャペルも素敵だったけどさ。」
「あきら、そうらしいよ。」
「・・・。」
花沢類をにらんでる美作さん。
「イタリアにもいっぱいお城あるのに、残念だったね。」
「類、お前何が言いたいんだ?」
ちょっとイライラしてる?美作さん?
「あれ~やっぱり、イタリアよりフランスがいいのかな?つくしちゃんは・・・。」
西門さんも、なんで話をややこしくするのかな。
「もう西門さん、へんなこと言わないでよね!何も、そんなことは言ってないでしょうが。」
「まったく、お前らは。俺たちはうまくやってるから黙ってろ。」
けど、美作さんは微笑んでいる。
幼稚舎から続く幼馴染の仲はずっと深くて、こんな風に羨ましく思う瞬間が時々あるんだ。
それから、二人とも明日は仕事だからと、日付が変わる前に帰っていった。来客を見送り静かになると、本当の夜がくる。そう思うのは恋人がいるから?
美作さんは私の腕をつかんで見下ろすと、にわかに雄モードに変身する。
離さないという強い意志が、どうやって味わおうか吟味する勝者だけが得る余裕みたいなものが漂ってる。
「牧野、お疲れさん。」
自分の名前を呼ばれて、腕を引っ張られても、美作さんの部屋にするりと入っていく時には、もうただの一人の女に変わっていた。
ベッドの側に行くや否や、抱き寄せられ熱い吐息が顔にかかる。
高まる喜びに、足の力がぬけそうになったところで、ベッドの上に倒された。
私を見下ろす美作さんは、有無をいわさぬ気迫で平常心を奪う。
「美作さん、思い切り抱きしめて。」
手を美作さんの首に回しながら、私の女の部分が全開していく。
美作さんは、一瞬、片目を細めて、光を放つ。
唇にキスを落とされ、体が溶けるような深いキスに感じだす正直な体。
「牧野・・・、やっとこうして抱きしめられる。」
「うん・・・嬉しい。」
髪の毛をなでてくれる大きな手。
大好きなフローラル系の香りに包まれて、愛しい人のぬくもりにゆだねる心地よさはこの上もない。
二人の唇が重なり舌をからませる。
その柔らかな小さな肉片が、歯茎をなでて舌下に触れて、敏感な舌の先端が踊り狂うように吸い付きもつれあう。
美作さんに吸われても、とめどなく湧き出す唾液で潤わされる口内は、こんなにも淫らに唾液をたらして、美作さんを受け入れようとする。
男と女の営みに我を忘れ、恥じらいも無く快楽の渦に身を投じた。
つづく